嫌だ嫌だと思いながら、単なる貴族令嬢の私は、それから逃げられない可能性が高い。

 張り出したバルコニーは、仲を忍ぶ恋人同士の逢瀬の場だ。そこは避けて私は出入り口から出て、影になっている部分に背中を付けた。

 大体……貴族は好きな人と結婚出来る訳がないから、お互いに不倫することなんて当たり前で……私はその一員になってしまうのが、とても嫌だった。

 それなのに、好きな人に愛されて結婚したいなんて、子どもみたいな夢を捨てきれない。

「……こんばんは。こんな場所に居ると、危険ですよ」

 声を掛けられるなんて思ってもいなかったので、顔を伏せていた私は驚いた。灯りに逆光になって、顔が見えにくい。

 背が高く若い男性のようだ。

「あら。こんな所で襲われても、私が悲鳴をあげればすぐに衛兵に袋だたきにされますよ? ……良ければ試してみましょうか?」

 私がすうっと息を吸い込めば、彼は大きな声で笑い出した。

「これは参った! 後生です。レディ。それは、勘弁してください」

「私が若い女性だと思って声を掛けたなら、ご期待には添えません……既に婚約者が居ます」