5話 「組み上がる縁」

○雪影の屋敷・執務室
蓮華が複雑そうな顔で座っている。そのすぐ後ろに雪影が座り、機嫌が良さそうに蓮華の髪を櫛で梳かしている。
雪影「蓮華の髪は美しいですね。いつまでも触れていたい」
甘く囁いてくる雪影に、ドキドキして耳を赤くしながらも困惑する蓮華。
蓮華(最近、雪影が変だ)

○蓮華の回想・雪影の屋敷・庭(朝)
庭で素振りを終えた蓮華に、雪影が近づいてくる絵。
N〈素振りを終えたと思ったら、雪影がやってきて〉
雪影で乱れた蓮華の髪を手で梳きながら蓮華に問いかける絵。
N〈髪を梳かしていいかと聞いてきた〉

○現在に戻る
雪影に髪を梳かされながら、朝のこと以外にも、ここ最近のことを思い出して悩む蓮華。
蓮華(他にも頭を撫でられたり、外出の時に手を繋がれたり、着物を贈ってきたり…)
前世で雪影に髪を梳かされていたことを思い出しながら、
蓮華(確かに前世でも、雪影に世話をしてもらったことはあるが…その頃とは、どこか雰囲気が違う)
雪影が後ろから蓮華の耳元に顔を寄せ、囁いてくる。
雪影「せっかくですから、結ってしまってもいいですか?」
蓮華「あ、ああ…好きにしろ」
照れて顔を赤くしながら答える蓮華。
その反応を見て、雪影は嬉しそうに微笑み、蓮華の髪を編み始める。
蓮華はドキドキする心臓を抑えながら、左手の甲、八分咲きくらいになった彼岸花を見て、
蓮華(随分と花も開いてきたし、これも思いを預け合えている証拠かもしれないが、思っていたのとは少し…いや、かなり違うような…?)

○雪影の屋敷・廊下
思い悩みながら廊下を歩く蓮華。髪型は雪影に編み込みにされてオシャレになっている。
蓮華(本当に雪影はどうしたんだろう。突然距離が近くなって…)
そこまで考えて、はっとしたように呟く。
蓮華「まさか、術の影響を受けて…人間の私を愛してしまった、とか?」
雪影の甘い態度を思い出しながら、
蓮華(雪影は強い妖怪だ。だからこそ、これまで術の影響をはねのけてこられたのだろう。だが人間の私が常に傍にいたら…影響されない保証はない)
胸のもやつきを感じ、胸元に手を触れる蓮華。
そこへ廊下の向こうから、夏羽とりんがやってくる。
夏羽「あれ、蓮華様?」
りん「なんだかおしゃれですね!」
蓮華「ああ…雪影に遊ばれてな」
夏羽「へえ、雪影様って器用だったんですねぇ。で、あの方はどちらに?」
蓮華「…用事があると外に出たぞ」
雪影のことを思い出し、再び胸がもやもやして顔をしかめる蓮華。
その表情の変化に気付いたりんが心配そうに顔をのぞき込む。
りん「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないとか?」
蓮華「い、いや…そういうわけではない。気にするな…」
そこまで言って、蓮華は目の前のりんと夏羽を見比べる。
そして小さく咳払いをし、
蓮華「…いや、やっぱり話を聞いてもらいたい」
(※夏羽とりんは術の影響を受けながらも一緒にいることを選んでいる者同士。さらに夏羽は錯乱病の治療に携わっている。なので自分が悩んでいる、雪影が術の影響をうけてしまったのではという疑問に答えを出せると思った)
話の見えないりんと夏羽は顔を見合わせる。

○雪影の屋敷・蓮華の部屋
15畳くらいの和室。部屋の端に箪笥と鏡台が置いてある。
蓮華の話を聞いて、首をかしげる夏羽とりん。
夏羽・りん「雪影様が、帝都の術の影響を受けているのではないかと?」
蓮華「ああ。雪影が色々よくしてくれているのも、それが原因なのではないかと…」
複雑な顔でうつむく蓮華。その前で、目を瞬かせる夏羽とりん。
夏羽「ええ~。そんなことはないと思いますけど…」
りん「確かに最近の雪影様は蓮華様に甘いですが、だからと言って…ねぇ」
(※二人は雪影の蓮華に対する一途さを知っているので、術の影響でないことは分かっている)
りんは夏羽と顔を見合わせた後、蓮華に問いかける。
りん「蓮華様はそれで悩んでいらっしゃったのです?」
蓮華「そうなんだ。雪影のことを考えると、もやもやして…」
夏羽・りん「ほう?」
興味津々に身を乗り出してくる夏羽とりん。その様子にぎょっとする蓮華。
蓮華「な、なんだ」
夏羽「いいからいいから、続けてください」
りん「もやもやして、どんな気持ちになるんです?」
蓮華「そうだな…」
蓮華は左手で胸に触れながら、
蓮華「雪影が術の影響を受けていると思うと、この辺りがぎゅっと締め付けられる。それからざわざわとしたものが波のように心へ押し寄せてきて…」「この気持ちは…」
夏羽・りん「この気持ちは?」
蓮華が恋を自覚することを期待し、さらに身を乗り出す夏羽とりん。
だが蓮華はぽんと手を打ち、
蓮華「わかった、雪影が心配なんだな」
すっきりした顔の蓮華と、がくっとなる夏羽とりん。
蓮華「どうした、二人とも」
夏羽「いえ…蓮華様らしいというか」
りん「そこまで感じておいてというか」
苦笑いをする夏羽とりんに不思議そうな顔をした後に、蓮華は考え込む。
蓮華(帝都の術の影響を受ければ、錯乱病に罹る可能性もある。異能の契約があるから、私が離れることもできない…)(なにか、雪影にしてやれることはないだろうか…)
そこまで考えて、蓮華はふと夏羽の顔を見る。
そして4話に出てきた清彦の腕についていた、組紐で作られたブレスレット状の御守りを思い出す。
蓮華「そうだ、御守りを作ろう」

○帝都の街・裏路地
錯乱病末期の妖怪を相手に戦う雪影。
相手はもはや言葉を発することもできず、意味不明な奇声をあげながら、雪影に飛びかかってくる。
雪影(これは…もう、無理だな。すまない)
雪影は氷の術を使って相手を凍らせ、手にした槍で攻撃。
血しぶきが雪影の頬に飛んでくる。雪影は悲しみと苦しみを浮かべた顔で、息絶えていく妖怪を見ていた。
全てが終わった後に、後ろから死んだ妖怪の妻だった人間の令嬢がやってきて、悲鳴を上げる。
令嬢「ああ、あなた…っ!」
貴族の青年「佳代子!」
後から走ってきた貴族の青年が、崩れ落ちる令嬢の肩を抱く。
貴族の青年「大丈夫。これからは夫の代わりに、僕が君を支えるよ」
どう考えても知り合いの距離感ではない令嬢と青年の様子に、怒りを浮かべる雪影。
雪影(妖怪に惚れられて結婚したが、飽きて別の男と不倫か…虫唾が走る)
雪影の元に、令嬢が歩み寄ってくる。彼女の顔には、涙の跡も浮かんでいない。
令嬢「ありがとう、あなたのお陰で助かりましたわ。お礼に、どうぞ我が屋敷へ…」
雪影「拒否する」
誘うように体に触れようとしてくる令嬢の腕を払いのけ、雪影は身を翻す。
雪影「俺は苦しむ彼を救っただけ。貴様に恩を売った覚えはない」
裏路地の入り口に控えていた部下の妖怪に槍を渡しながら、
雪影「丁重に葬ってやれ」
と告げ、頬の血を拭って裏路地を出て行く。

○帝都の街・繁華街~屋敷
人と妖怪が行き交う商店街。裏路地での出来事は、誰も知らないように賑わっている。
その中を、雪影は疲れた顔で歩んで行く。
雪影(あそこまで錯乱病の症状が進行した者は久々だったな…煉華様が一緒でなくてよかった。今のあの人には…あまり、酷なことは見せたくはないから)(いや…煉華様ではなく、蓮華、か…)
蓮華の事を思い出し、ふっと柔らかく微笑む。
そして懐から細長い箱を取りだし、蓋を開けた。
中にはかんざしが入っている。先の部分には彼岸花の絵が描かれた玉がついている。
雪影は微笑みながら、店でかんざしを受け取ってから、錯乱病の妖怪に出くわすところを回想。
雪影(頼んでいた蓮華への贈り物。受け取った後に、錯乱病の対処をすることになったが…壊れなくてよかった)
雪影「あなたは喜んでくれるでしょうか。いや…もしかしたら真っ赤になって照れるかも」
蓮華の反応を想像しながらくすりと笑う雪影。

○雪影の回想
4話で蓮華の名を呼び、彼女が真っ赤になった時の絵。
200年越しの恋が叶うかもしれないという喜びと期待で胸がいっぱいになる雪影。
N〈蓮華と名を呼んだあの時、期待と歓喜で胸が溢れた〉〈紅潮した頬、震える声。反応を見る度に、遙か上にいたあの人が、傍にやってきたように感じた〉〈今度こそ自分が手に入れてもいいのかもしれない。そう思うと、感情の歯止めが利かなくなった〉
蓮華を甘やかす雪影の回想。手を重ねたり、髪にふれたりする度に、蓮華は真っ赤になっている。
N〈触れる度、言葉を交わす度、蓮華は新しい顔を見せてくれる。もっと色んな表情を引き出したい。もっと自分を意識してほしい〉

○現在に戻る
雪影はかんざしの箱を懐へ大切そうにしまいながら、
雪影(そして、俺を好きになってください。蓮華)

○雪影の屋敷・門前
屋敷の敷地に入る雪影。

○雪影の屋敷・蓮華の部屋の前の廊下
蓮華を訊ねようと廊下を歩いてきた雪影。
蓮華の部屋からは、夏羽とりん、蓮華の楽しげな声が聞こえる。
雪影「れん――」
名を呼ぼうとして蓮華の部屋の前に落ちていた紙を見て足が止まる。
その紙には「雪影、入室禁止 蓮華」と書いてあった。固まる雪影。

○雪影の屋敷・蓮華の部屋
夏羽の前に正座する蓮華と、その横にりん。蓮華の前には、手組みで組紐を作るのに使う組台(角台)が置いてある。
夏羽「確かに、僕の御守りに使う糸は特別製。心を癒やす効果がありますが…錯乱病の発症歴のない人に効果があるかは、わかりませんよ。それに、そもそも雪影様は、蓮華様のこと…」
そこまで告げた夏羽の口を、りんが手で塞ぐ。
りん「夏羽さん、余計なことは言わないでください」
そして眉間に皺を寄せる夏羽をよそに、りんは蓮華の方を向く。
りん「蓮華様。御守りを作るのは雪影様を想ってのことでしょう?」
蓮華「もちろんだ」
りん「なら、しっかりお手伝いさせてもらいます。きっと雪影様もよろこんでくれますよ」
雪影が喜んでくれる、という言葉に無意識に嬉しくなって微笑む蓮華。
蓮華「…そうだと、いいな」
夏羽とりんはそんな蓮華の表情を見て、微笑む。

   ×××

夏羽とりんに教わりながら、組台の上で糸巻きを動かしながら、紐をくみ上げていく蓮華。
苦労する蓮華や、微笑ましげに見守る夏羽とりん、組み上がっていく紐の絵を描く。

   ×××

組紐でできたブレスレット状の御守りが綺麗に完成し、目を輝かせる蓮華。
その姿を同じく嬉しそうな顔で見つめる夏羽とりん。
蓮華「できた…!」
夏羽「お疲れ様です、蓮華様」
りん「とってもお上手でしたよ」
蓮華は嬉しそうに微笑みながら立ち上がる。
蓮華「雪影はもう戻っているだろうか…」
部屋を出て行こうとする蓮華。
夏羽「蓮華様」
声をかけられ振り向く蓮華に、夏羽とりんは蓮華に微笑む。
夏羽「組紐は糸をより合わせるごとに、強く、美しく仕上がります。それは人や妖怪の縁も同じ」
りん「蓮華様と雪影様の縁が、より深くなることを願っていますね」
二人に背中を押されて頷きながら、蓮華は部屋の外へ出て行く。

○雪影の屋敷・雪影の執務室前
蓮華は襖を叩き、声をかける。
蓮華「雪影、戻っているか」
雪影「…ええ」
返ってきた返事に、蓮華は襖を開いて中へ入る。

○雪影の屋敷・雪影の執務室
かんざしの箱を傍の収納箱の引き出しにしまい、不機嫌そうな顔で振り返ってくる雪影。
蓮華は雪影の傍に寄りながら、不思議そうに首をかしげる。
蓮華「どうしたんだ?」
雪影「別になにもありません」
言いながら雪影は、執務机の方に横目を向ける。そこには、蓮華が置いた入室禁止の紙があった。
雪影が不機嫌な理由に気付いた蓮華は、小さく笑う。
蓮華「来てくれていたんだな」
雪影「随分と楽しそうでしたね。俺をのけ者にして…」
蓮華「悪かった。途中で知られたくなくてな」
蓮華はそっと、雪影に作った御守りを差し出した。
蓮華「これを、お前に。二人に教わって作ったんだ」
雪影は蓮華の御守りを見て、目を丸くする。
雪影「蓮華が…俺のために?」
蓮華「ああ、雪影が錯乱病に罹らないようにと。まあ、気休めにしかならないだろうが」
雪影「それでも…とても嬉しいです」
雪影は愛おしそうに蓮華の御守りを見て微笑む。
その顔を見て、蓮華の心が温かなもので満たされる。
蓮華(…やはり私は、雪影が心配だったんだな。だから御守りを渡せただけで、こんなにも安心している)
雪影は左腕を差し出してくる。
雪影「せっかくですし…つけて、もらえますか?」
蓮華「もちろんだ」
蓮華は差し出された雪影の腕に、作った御守りを巻き付けた。
雪影は蓮華お手製の御守りのついた腕をしばし見つめた後、そっと御守りに口付ける。
雪影「…ありがとうございます、蓮華」
愛しそうに告げる雪影に、蓮華の心臓が早鐘を打ち始める。自分の体の反応に、混乱する蓮華。
蓮華(これは…本当に安心か?)
だがそのとき、使用人の妖怪が緊迫した様子で現れる。
使用人(妖怪)「雪影様。葛葉家の次期当主がお見えです」

○雪影の屋敷・玄関
急いで駆けつけた雪影と蓮華。
きっちり着物を着て名家の嫡男らしい風貌の葛葉京弥は、深刻な顔で二人に告げる。
京弥「蓮華さん――湊本本家が、あなたと桃花さんの入れ替わりに気付きかけています」