4話 「並び立つ二人」
○北七通り
多くの茶屋や万屋が建ち並び、たくさんの人間や妖怪たちが行き交う通り。
蓮華と雪影は二人並んで歩いて行く。
蓮華「この辺りか?」
雪影「いえ、もう少し先です」
蓮華「そうか。にしても街の見回りとは、雪影もしっかりやっているな」
雪影「煉華様のようにはできませんよ」
会話しながら、蓮華はここ数日のことを思い出す。
左手の甲、五分咲きになった彼岸花を見ながら、
蓮華(再会して、もうひと月か。雪影の力も戻りつつあるし、今のところ順調だな)
毎夜の口付けの回想。蓮華の前で真っ赤になって固まる雪影の絵。
蓮華(毎夜の口付けは、まだ慣れないようだが)
蓮華は思い出し笑いをしながら、道行く妖怪たちに目を向ける。
蓮華(人と妖怪が共に暮らせる世…かつて私たちが見た夢でもあった。だが、今のこれは…)
望んでいた光景が歪な形で実現され、複雑な思いを抱える蓮華。
雪影「つきましたよ、煉華様」
茶屋の前で足を止めた雪影に、そちらの方へ顔を向ける蓮華。
○茶屋
四人がけの机が四つほどだけの、小さな茶屋。他に客は誰もいない。
のれんをくぐって店内に入った雪影と蓮華の元へ、茶屋のおかみ・猫又のあきはが、ぱたぱたとやってくる。
あきは「いらっしゃい――って、雪影様! どうぞどうぞ、お好きな席へ座ってください」
言われた通り、傍の机につく蓮華と雪影。あきはは店の奥に入っていく。
あきは「清彦さぁん、雪影様がいらっしゃったわ!」
あきはと共に現れたのは、2話で錯乱病を患い暴れていた妖狐の清彦。頭に手ぬぐいを巻き、右腕には組紐で作られたブレスレット状の御守りがついている。
清彦「雪影様に蓮華様、その節はお世話になりました」
2話で清彦が錯乱病で暴れていたときのシーンの絵。
N〈清彦は以前、錯乱病で暴れていた妖怪。治療が終わったらしく、様子を見に来たのだ〉
あきはが湯飲みにお茶を淹れ、蓮華と雪影の前へ置く。
雪影「その後、問題はないか」
清彦「ええ。夏羽先生の御守りのお陰で、大分楽になりました」
清彦が右腕をあげて、御守りを見せる。
蓮華(夏羽が作る御守りは、心を癒やし、錯乱病の再発を防ぐ。術の支配から逃れられる訳ではないが…大したものだな)
蓮華は夏羽のことを思い浮かべて微笑みながら茶を飲む。
清彦「あの時は駄目かと思いましたが…おかげで茶屋も再開できました。もう罹らないよう、御守りを大切にしますね」
あきは「そうよ、気を付けてちょうだい」
清彦「うん、心配かけてごめんね」
あきはと清彦のやりとりに微笑ましくなりながら、蓮華は何気なく口を開く。
蓮華「二人は仲がいいんだな」
するとあきはと清彦は二人で顔を見合わせた後、
あきは「雪影様と蓮華様は、妖怪の味方と夏羽先生から聞きましたしね」
と、にっこり笑って息を潜めながら、
清彦「実は僕たち、恋人同士なんです」
蓮華「そうだったのか。それは…大変だろう」
蓮華(湊本の支配下にある今の帝都では、結託を防ぐために妖怪同士の恋愛や婚姻は認められていない。それに、帝都に敷かれる術の影響もある。それでも、この二人は…)
驚いたように目を見開く蓮華。だが、あきはと清彦は幸せそうに笑いながら、
あきは「ええ、もちろん大変なこともたくさんありますよ」
清彦「周りの目だって気にしないといけませんし。それでも――」
清彦は、あきはの手をそっと握る。
清彦「苦しくても、辛くても、誰にも認められなくても。一緒にいることをやめないし、やめたくないですから」
あきはと清彦は二人で照れたように笑い合う。
その後、清彦が大福を二つ持ってきて、蓮華と雪影の前に置く。
清彦「助けていただいたお礼に、よければ召し上がってください。僕の自慢の大福なんですよ」
そのとき、茶屋に他の妖怪の二人組の客がのれんをくぐって入ってくる。
客(妖怪)「店員さん、二人!」
あきは「はぁい、ただいま!」
あきはと清彦は彼らの接客で連形の元を離れていく。
蓮華は目の前に置かれた大福を一口かじる。
蓮華「…すごいな、あの二人は」
雪影は接客するあきはと清彦の姿を見つめながら、
雪影「帝都には、二人のような妖怪がたくさんいます。そして彼らのような者こそ、錯乱病にかかってしまう。救うためにも、早く術を壊さなくては」
その姿は凜々しく、多くの者を率いるリーダーの風格があった。雪影の姿を見て、蓮華は少しだけ目を見張る(※かつて自分の側近をやっていた頃にはなかった頼りがい、かっこよさを無意識に感じたから)。
そのまま蓮華がじっと雪影を見つめていると、視線に気付いた彼が振り向いてくる。
そして、蓮華の口元に小豆がついているのに気付いてくすっと笑った。
雪影「小豆、ついていますよ」
雪影が蓮華の頬に腕を伸ばしてきて、指で小豆を拭い、ぺろりと舐める。
一連の動作を見た蓮華は、目を丸くし、無意識に頬を染めながら、
蓮華「お前…いつのまにそんな助平なことを」
雪影「煉華様には、いつでも完璧な姿でいてほしいですから」
にこりと笑う雪影に蓮華は複雑な思いを抱えながら、
蓮華(口付けは照れるくせに。しかし…)
再び清彦とあきはに視線を移した雪影を見上げる蓮華。
○北七通り
清彦の茶屋を出て、他の場所へ見回りにいく蓮華と雪影。
清彦と同じように錯乱病を患った者の様子を見に行ったり、まだ幼い妖怪たちにじゃれつかれたり、途中錯乱病の妖怪を発見して、蓮華は異切で、雪影は術で対応したりする絵を描く。
錯乱病の対処を終え、患者と一緒にいた妖怪に感謝される雪影を見ながら、蓮華は200年前の雪影のことを思い出す。妖怪たちに指示を出す蓮華の傍に控えている雪影の絵。
蓮華(私の指示に従うだけだった雪影が…随分と頼もしくなったものだ)
蓮華は隣の雪影を見上げて、少し寂しげな笑みを浮かべる(※彼が成長した嬉しさと、自分の側から離れていくような寂しさから)。
蓮華(なら、一つ改めなければな)
○雪影の屋敷・庭(夜)
虫の音が響き、空には満月が浮かぶ明るい夜。
池の畔に一人で立ち、空を見上げる蓮華。その表情は真剣味を帯びている。
そこへ蓮華を探していた雪影が歩いてやってくる。
雪影「煉華様、探しましたよ。今日の分のく、口付けが…まだでしょう」
蓮華は少し照れ気味な雪影の方に視線を向けた後、再び空の月を眺める。
蓮華「すまない。月を見ていたんだ」
雪影は蓮華の隣に並び、同じように月を眺める。
沈黙の後、蓮華が口を開く。
蓮華「お前と初めて出会った時も、満月だったな」
雪影「覚えていて…くださったのですね」
蓮華「当たり前だろう。お前とのことを、忘れるはずがない」
雪影「…そう、ですか」
雪影、そっと嬉しそうに微笑む。蓮華は意地悪っぽく笑いながら、
蓮華「あの時からお前は、私の後を鴨の雛のようについてきたな」
蓮華の回想。幼い雪影が蓮華の後をついてくる絵。
回想終わって今。雪影は恥ずかしさから顔を真っ赤に染めながら、
雪影「し、仕方ないでしょう。俺には煉華様が、頼もしくて、眩しくて、美しく見えたのですから」
蓮華「ははっ、そうか」
蓮華はひとしきり笑った後、雪影を嬉しそうな目で見る。
蓮華「だが、私には今日のお前がそう見えた」
雪影「え…」
驚く雪影に、蓮華は続ける。
蓮華「お前が歩んできた200年を感じたよ。雪影なら、これからも妖怪たちを導いていける。そう思えた。だから…」
蓮華は一度言葉を切り、雪影とまっすぐ向き合う。その表情は穏やかだった。
蓮華「いいかげん私のことは、『煉華様』ではなく『蓮華』と呼んでくれ」
雪影「で、ですが…」
蓮華「反論はなしだ。元々今の私とお前の間に、主従もなにもないだろう」
繋がりが途切れたように感じて、悲しげな顔で俯く雪影。
蓮華はそんな彼に歩み寄り、その腕にそっと触れる。
蓮華「私は、お前の隣に並び立つ存在でありたい」
蓮華の言葉に、雪影がそっと顔を上げる。蓮華は微笑みながら、雪影を見上げている。
蓮華「主従ではなく――今度は対等な関係で、お前と縁を結びたいんだ。私もそういう存在として、雪影の名を呼ぼう」
その言葉に雪影は、大きな嬉しさと少しの寂しさで胸を詰まらせた後、
雪影「…わかりました」
と頷き、蓮華の顔をまっすぐ見つめた。
夜風がふわりと二人の間を通り過ぎる。そして雪影は1話からこれまでで一番柔らかく優しい表情で、
雪影「蓮華」
初めて名を呼ばれた蓮華は、驚きで目を丸くする。
雪影は一人照れたように蓮華から顔をそらし、頭を掻く。
雪影「あは…なんだか恥ずかしいですね」
反応がない蓮華を不思議に思い、顔をあげ、
雪影「ん? 蓮華――」
そして、目を丸くする雪影。
雪影視点。雪影を見つめたまま、顔を真っ赤に染めている蓮華を大きく描く。
(※前世含めて初めて敬称なしで名を呼ばれ、距離の近さを感じて恥ずかしくなっている。蓮華が初めて素直に雪影に照れる場面なので、思い切りかわいくしてほしいです)
呆然とする雪影の前で、真っ赤になったまま目をそらす蓮華。
蓮華「あ、ああ…想像以上に恥ずかしいな、これ…」「変だ…ただ、名を呼ばれただけなのに」
胸を抑えてしどろもどろになっている蓮華をしばらく無言で眺める雪影だったが、その後、
雪影「あはっ、あははははっ!」
嬉しそうに大笑いする雪影。それにむっとする蓮華。
蓮華「…何故笑う」
雪影「いえ。俺にもまだ、勝機があったんだなと」
蓮華「はぁ?」
訳が分からず眉をひそめる蓮華。そんな彼女に、雪影は近づき肩を抱く。
雪影「蓮華」
再び名を呼ばれて蓮華は固まる。彼女の顔の至近距離で、雪影は囁く。
雪影「どうして、名を呼ばれて恥ずかしくなったのですか?」
蓮華「わ、わからない…」
雪影「なら…もっと考えてみてください」
そして雪影から、蓮華に口付ける。
蓮華の左手の甲の彼岸花が、七分咲きくらいに開く。
○湊本本家の屋敷・居間(夜)
永勝と薫子が苛立ったような表情で机についている。
薫子は舌打ちをしながら、机をこぶしで叩いた。
薫子「どうして京弥様は縁談を受けないのよ! 分家の病弱娘は氷の鬼へ嫁がせたのに!」
薫子は親指の爪を噛んだ後、思い出したように、
薫子「そういえば、氷の鬼が婚約者を連れて歩いている話を聞いたわ。でもあの病弱が、外へ出られれるはずがない…」
その話を聞いた永勝は、にやりと笑う。
永勝「ひとつ、調べてみるか」
永勝と薫子が何かを企むようにあくどいを浮かべている絵。
それと対比させるように、満月の下で口付けながら体を重ねる蓮華と雪影の絵を描く。
○北七通り
多くの茶屋や万屋が建ち並び、たくさんの人間や妖怪たちが行き交う通り。
蓮華と雪影は二人並んで歩いて行く。
蓮華「この辺りか?」
雪影「いえ、もう少し先です」
蓮華「そうか。にしても街の見回りとは、雪影もしっかりやっているな」
雪影「煉華様のようにはできませんよ」
会話しながら、蓮華はここ数日のことを思い出す。
左手の甲、五分咲きになった彼岸花を見ながら、
蓮華(再会して、もうひと月か。雪影の力も戻りつつあるし、今のところ順調だな)
毎夜の口付けの回想。蓮華の前で真っ赤になって固まる雪影の絵。
蓮華(毎夜の口付けは、まだ慣れないようだが)
蓮華は思い出し笑いをしながら、道行く妖怪たちに目を向ける。
蓮華(人と妖怪が共に暮らせる世…かつて私たちが見た夢でもあった。だが、今のこれは…)
望んでいた光景が歪な形で実現され、複雑な思いを抱える蓮華。
雪影「つきましたよ、煉華様」
茶屋の前で足を止めた雪影に、そちらの方へ顔を向ける蓮華。
○茶屋
四人がけの机が四つほどだけの、小さな茶屋。他に客は誰もいない。
のれんをくぐって店内に入った雪影と蓮華の元へ、茶屋のおかみ・猫又のあきはが、ぱたぱたとやってくる。
あきは「いらっしゃい――って、雪影様! どうぞどうぞ、お好きな席へ座ってください」
言われた通り、傍の机につく蓮華と雪影。あきはは店の奥に入っていく。
あきは「清彦さぁん、雪影様がいらっしゃったわ!」
あきはと共に現れたのは、2話で錯乱病を患い暴れていた妖狐の清彦。頭に手ぬぐいを巻き、右腕には組紐で作られたブレスレット状の御守りがついている。
清彦「雪影様に蓮華様、その節はお世話になりました」
2話で清彦が錯乱病で暴れていたときのシーンの絵。
N〈清彦は以前、錯乱病で暴れていた妖怪。治療が終わったらしく、様子を見に来たのだ〉
あきはが湯飲みにお茶を淹れ、蓮華と雪影の前へ置く。
雪影「その後、問題はないか」
清彦「ええ。夏羽先生の御守りのお陰で、大分楽になりました」
清彦が右腕をあげて、御守りを見せる。
蓮華(夏羽が作る御守りは、心を癒やし、錯乱病の再発を防ぐ。術の支配から逃れられる訳ではないが…大したものだな)
蓮華は夏羽のことを思い浮かべて微笑みながら茶を飲む。
清彦「あの時は駄目かと思いましたが…おかげで茶屋も再開できました。もう罹らないよう、御守りを大切にしますね」
あきは「そうよ、気を付けてちょうだい」
清彦「うん、心配かけてごめんね」
あきはと清彦のやりとりに微笑ましくなりながら、蓮華は何気なく口を開く。
蓮華「二人は仲がいいんだな」
するとあきはと清彦は二人で顔を見合わせた後、
あきは「雪影様と蓮華様は、妖怪の味方と夏羽先生から聞きましたしね」
と、にっこり笑って息を潜めながら、
清彦「実は僕たち、恋人同士なんです」
蓮華「そうだったのか。それは…大変だろう」
蓮華(湊本の支配下にある今の帝都では、結託を防ぐために妖怪同士の恋愛や婚姻は認められていない。それに、帝都に敷かれる術の影響もある。それでも、この二人は…)
驚いたように目を見開く蓮華。だが、あきはと清彦は幸せそうに笑いながら、
あきは「ええ、もちろん大変なこともたくさんありますよ」
清彦「周りの目だって気にしないといけませんし。それでも――」
清彦は、あきはの手をそっと握る。
清彦「苦しくても、辛くても、誰にも認められなくても。一緒にいることをやめないし、やめたくないですから」
あきはと清彦は二人で照れたように笑い合う。
その後、清彦が大福を二つ持ってきて、蓮華と雪影の前に置く。
清彦「助けていただいたお礼に、よければ召し上がってください。僕の自慢の大福なんですよ」
そのとき、茶屋に他の妖怪の二人組の客がのれんをくぐって入ってくる。
客(妖怪)「店員さん、二人!」
あきは「はぁい、ただいま!」
あきはと清彦は彼らの接客で連形の元を離れていく。
蓮華は目の前に置かれた大福を一口かじる。
蓮華「…すごいな、あの二人は」
雪影は接客するあきはと清彦の姿を見つめながら、
雪影「帝都には、二人のような妖怪がたくさんいます。そして彼らのような者こそ、錯乱病にかかってしまう。救うためにも、早く術を壊さなくては」
その姿は凜々しく、多くの者を率いるリーダーの風格があった。雪影の姿を見て、蓮華は少しだけ目を見張る(※かつて自分の側近をやっていた頃にはなかった頼りがい、かっこよさを無意識に感じたから)。
そのまま蓮華がじっと雪影を見つめていると、視線に気付いた彼が振り向いてくる。
そして、蓮華の口元に小豆がついているのに気付いてくすっと笑った。
雪影「小豆、ついていますよ」
雪影が蓮華の頬に腕を伸ばしてきて、指で小豆を拭い、ぺろりと舐める。
一連の動作を見た蓮華は、目を丸くし、無意識に頬を染めながら、
蓮華「お前…いつのまにそんな助平なことを」
雪影「煉華様には、いつでも完璧な姿でいてほしいですから」
にこりと笑う雪影に蓮華は複雑な思いを抱えながら、
蓮華(口付けは照れるくせに。しかし…)
再び清彦とあきはに視線を移した雪影を見上げる蓮華。
○北七通り
清彦の茶屋を出て、他の場所へ見回りにいく蓮華と雪影。
清彦と同じように錯乱病を患った者の様子を見に行ったり、まだ幼い妖怪たちにじゃれつかれたり、途中錯乱病の妖怪を発見して、蓮華は異切で、雪影は術で対応したりする絵を描く。
錯乱病の対処を終え、患者と一緒にいた妖怪に感謝される雪影を見ながら、蓮華は200年前の雪影のことを思い出す。妖怪たちに指示を出す蓮華の傍に控えている雪影の絵。
蓮華(私の指示に従うだけだった雪影が…随分と頼もしくなったものだ)
蓮華は隣の雪影を見上げて、少し寂しげな笑みを浮かべる(※彼が成長した嬉しさと、自分の側から離れていくような寂しさから)。
蓮華(なら、一つ改めなければな)
○雪影の屋敷・庭(夜)
虫の音が響き、空には満月が浮かぶ明るい夜。
池の畔に一人で立ち、空を見上げる蓮華。その表情は真剣味を帯びている。
そこへ蓮華を探していた雪影が歩いてやってくる。
雪影「煉華様、探しましたよ。今日の分のく、口付けが…まだでしょう」
蓮華は少し照れ気味な雪影の方に視線を向けた後、再び空の月を眺める。
蓮華「すまない。月を見ていたんだ」
雪影は蓮華の隣に並び、同じように月を眺める。
沈黙の後、蓮華が口を開く。
蓮華「お前と初めて出会った時も、満月だったな」
雪影「覚えていて…くださったのですね」
蓮華「当たり前だろう。お前とのことを、忘れるはずがない」
雪影「…そう、ですか」
雪影、そっと嬉しそうに微笑む。蓮華は意地悪っぽく笑いながら、
蓮華「あの時からお前は、私の後を鴨の雛のようについてきたな」
蓮華の回想。幼い雪影が蓮華の後をついてくる絵。
回想終わって今。雪影は恥ずかしさから顔を真っ赤に染めながら、
雪影「し、仕方ないでしょう。俺には煉華様が、頼もしくて、眩しくて、美しく見えたのですから」
蓮華「ははっ、そうか」
蓮華はひとしきり笑った後、雪影を嬉しそうな目で見る。
蓮華「だが、私には今日のお前がそう見えた」
雪影「え…」
驚く雪影に、蓮華は続ける。
蓮華「お前が歩んできた200年を感じたよ。雪影なら、これからも妖怪たちを導いていける。そう思えた。だから…」
蓮華は一度言葉を切り、雪影とまっすぐ向き合う。その表情は穏やかだった。
蓮華「いいかげん私のことは、『煉華様』ではなく『蓮華』と呼んでくれ」
雪影「で、ですが…」
蓮華「反論はなしだ。元々今の私とお前の間に、主従もなにもないだろう」
繋がりが途切れたように感じて、悲しげな顔で俯く雪影。
蓮華はそんな彼に歩み寄り、その腕にそっと触れる。
蓮華「私は、お前の隣に並び立つ存在でありたい」
蓮華の言葉に、雪影がそっと顔を上げる。蓮華は微笑みながら、雪影を見上げている。
蓮華「主従ではなく――今度は対等な関係で、お前と縁を結びたいんだ。私もそういう存在として、雪影の名を呼ぼう」
その言葉に雪影は、大きな嬉しさと少しの寂しさで胸を詰まらせた後、
雪影「…わかりました」
と頷き、蓮華の顔をまっすぐ見つめた。
夜風がふわりと二人の間を通り過ぎる。そして雪影は1話からこれまでで一番柔らかく優しい表情で、
雪影「蓮華」
初めて名を呼ばれた蓮華は、驚きで目を丸くする。
雪影は一人照れたように蓮華から顔をそらし、頭を掻く。
雪影「あは…なんだか恥ずかしいですね」
反応がない蓮華を不思議に思い、顔をあげ、
雪影「ん? 蓮華――」
そして、目を丸くする雪影。
雪影視点。雪影を見つめたまま、顔を真っ赤に染めている蓮華を大きく描く。
(※前世含めて初めて敬称なしで名を呼ばれ、距離の近さを感じて恥ずかしくなっている。蓮華が初めて素直に雪影に照れる場面なので、思い切りかわいくしてほしいです)
呆然とする雪影の前で、真っ赤になったまま目をそらす蓮華。
蓮華「あ、ああ…想像以上に恥ずかしいな、これ…」「変だ…ただ、名を呼ばれただけなのに」
胸を抑えてしどろもどろになっている蓮華をしばらく無言で眺める雪影だったが、その後、
雪影「あはっ、あははははっ!」
嬉しそうに大笑いする雪影。それにむっとする蓮華。
蓮華「…何故笑う」
雪影「いえ。俺にもまだ、勝機があったんだなと」
蓮華「はぁ?」
訳が分からず眉をひそめる蓮華。そんな彼女に、雪影は近づき肩を抱く。
雪影「蓮華」
再び名を呼ばれて蓮華は固まる。彼女の顔の至近距離で、雪影は囁く。
雪影「どうして、名を呼ばれて恥ずかしくなったのですか?」
蓮華「わ、わからない…」
雪影「なら…もっと考えてみてください」
そして雪影から、蓮華に口付ける。
蓮華の左手の甲の彼岸花が、七分咲きくらいに開く。
○湊本本家の屋敷・居間(夜)
永勝と薫子が苛立ったような表情で机についている。
薫子は舌打ちをしながら、机をこぶしで叩いた。
薫子「どうして京弥様は縁談を受けないのよ! 分家の病弱娘は氷の鬼へ嫁がせたのに!」
薫子は親指の爪を噛んだ後、思い出したように、
薫子「そういえば、氷の鬼が婚約者を連れて歩いている話を聞いたわ。でもあの病弱が、外へ出られれるはずがない…」
その話を聞いた永勝は、にやりと笑う。
永勝「ひとつ、調べてみるか」
永勝と薫子が何かを企むようにあくどいを浮かべている絵。
それと対比させるように、満月の下で口付けながら体を重ねる蓮華と雪影の絵を描く。


