3話 「彼岸花の契約」

○雪影の屋敷・縁側(夜)
2話ラストからの続き、契約を交わした直後の蓮華と雪影。
立ち上がって笑みを浮かべながら雪影を見下ろす蓮華と、呆然とする雪影。
N〈湊本分家の異能は、契約を交わした相手に力を与える異能だ〉
湊本分家の契約を絵で説明。
左手に花の蕾があるモブの湊本家の女と、男の絵。女から男へ矢印を引き、血を与えることを表す。
N〈自分の血を与えることで契約が始まり、互いが思いを預け合うことで徐々に繋がりが深まる。それに応じて、手の甲の花が開いていくのだ〉
上の男と女の両側に双方向の矢印を入れ、互いに思いを預け合う(=両思いになる)ことを表す絵。
N〈そして完全な契約が成立し、花が咲いたとき――相手に絶大な力を与えられるという〉
上の女の手の甲の花が咲き、男の体から霊力が立ち上っている絵。
N〈もちろん契約した時点で、花の開き具合に合わせて相手に力を与えられる。ただし完全な契約が成立するまでは、あることをしなければならないが〉
勝ち誇った顔の永勝と、悲しむ桃花の絵。
N〈この異能を欲しがるものは山ほどいる。だからこそ父が死んでも、本家は分家の私たちを手放さず、管理したがったのだ。自分の利益にするために〉
説明終わり。
蓮華と雪影の絵に戻る。雪影の横に膝をつき、余裕のある笑みを浮かべる蓮華。
蓮華(思いを預け合う、とはよく分からないが…多分、背中を預けて戦うようなものだろう)
過去、雪影と蓮華が背中を預け合いながら、楽しげに戦っている絵。
蓮華(雪影とは昔よくしていたし、すぐに完全な契約が成立するはずだ)
ひとり自信ありげに頷く蓮華。その横で、いまだ雪影は困惑している。
雪影「力を与える異能、ですか…ありがたいですが、その…しなければならないこととは?」
蓮華「夜ごとの口付けだ」
雪影「口付け!?」
なんでもないことのように話す蓮華に、雪影は真っ赤な顔で叫ぶ。
雪影「むむむむ、無理です!! そんなことできません!!」
首を必死に横に振る雪影に、蓮華は不思議そうな顔で首をかしげる。
蓮華「何故だ。既に二回しているだろう、200年前も合わせれば」
雪影「あれは理由があってのことです! 恋人でもない者が、ほいほい口付けなんておかしいでしょう!?」
蓮華「私たちは体面上、婚約者同士。恋人と似たようなものだし、問題ないだろう」
雪影「言われてみれば…ですが煉華様と毎日口付けなんてしたら、俺が保ちません…!」
感情のタガが外れそうなことを危惧し、葛藤する雪影。
(※実は雪影は、煉華のことを200年前から恋愛的な意味で好きでいたが、主従関係であるため我慢していた)
しかし義務的な口付けで何故雪影が躊躇するのか分からない蓮華は、呆れたようにため息をつく。
蓮華「何が保たないかは知らないが、しなければ契約が維持できない。力を取り戻すためだ、覚悟を決めろ」
雪影「……わ、わかりました」
蓮華「よし」
葛藤しながらも了承した雪影に、蓮華は満足げに頷く。
そして、雪影に顔を寄せて目を閉じ、
蓮華「では、今夜の分だ」
雪影「こ、今夜からですか!?」
再び動揺する雪影を、蓮華は一度目を開けてじっとり睨みながら、
蓮華「当たり前だろう。ほら、ちゃんと口にするんだぞ」
そう言って再び目を閉じる。
雪影視点の、蓮華の顔をアップで描く。
目を閉じた蓮華の顔は、清らかで美しい。
心の底で200年前から望んでいたその光景を、雪影は混乱と期待で胸を高鳴らせながら見つめている。
けれど緊張のあまり、雪影は肩に手を添えただけで、それ以上のことができない。
それにしびれを切らした蓮華が目を開き、
蓮華「遅い」
と、自分から雪影に口付けをする。大きく目を見開く雪影。蓮華の左手の甲の彼岸花が、少しだけ開いた。
唇を離した後の、凜々しげに微笑む蓮華に、雪影の顔がかっと赤くなる。
蓮華は立ち上がり、
蓮華「まあ、これから慣れていくといいさ」
と言って、その場を離れる。途中で出会ったりんに寝室を聞き、彼女と一緒に消えていく。
一人残された雪影は、大きなため息をついてうなだれる。
右手を開いて力を込めると、氷の塊が生み出された。
力が戻っていることを確信した後、悲しげに自嘲しながら呟く。
雪影「俺は煉華様に、なんとも思われてないんだな…」

○200年前~現在までの雪影の回想
煉華と雪影の出会い。江戸時代後期くらいのイメージの時代。
満月の夜、山の中で、妖怪討伐にきた山伏の男三人を、異切と怪力を使って倒す少女姿の煉華。
N〈煉華様との出会いは、満月の夜だった〉
異切を治めながら雪影の方を笑顔で振り向く。
煉華(少女)「もう大丈夫だ」
木陰に隠れていた少年の頃の雪影は、その凜々しい姿に憧れを抱く。
煉華に差し伸べられた手を取る雪影。満月の下、二人立ち並ぶ。
N〈討伐されかけていたところを助けられた俺は、その日から煉華様について行くと決めた〉
一緒に魚を捕ったり、戦いの特訓をしたり、他の妖怪たちを助けたりしながら、少年少女時代から少しずつ成長していく煉華と雪影の絵。
N〈忠誠を誓い、いついかなるときもあの方の傍に寄り沿っていた。だが…〉
完全に成長した雪影と煉華の絵。夜の森で煉華が体に羽織をかけ、雪影に肩を預けて眠っている。雪影はずりおちそうになる羽織を見て、くすりと笑いながらかけなおしてやる。だがその後、恋情の浮かんだ目で煉華を見つめる。
N〈いつの間にか、激しい恋心を抱いてしまっていた〉
他の妖怪たちに囲まれる煉華と、雪影がその様子を少し離れた場所で眺めている絵。
N〈既に妖怪たちを束ねる頭となっていた煉華様を、俺一人のものにはできない〉
雪影が心臓部分を抑え、胸に思いを秘めようとしている絵。
N〈ゆえにこの想いは胸の内に秘め、側近として彼女を支えるに徹していた〉
煉華が討伐された時。炎の中、煉華から押しつけられた異切を抱き、去って行く煉華に手を伸ばす雪影の絵。
N〈だがあの日――煉華様は死んでしまった〉
煉華が死に、仲間の妖怪たちを逃がした後、山の中で一人命を絶とうと自分の槍の穂を握り、穂先を首に押し当てる雪影の絵。だが煉華の「妖怪たちを、頼んだぞ」という言葉を思い出して死ぬのをやめ、帝都を目指して走り出す。
N〈後を追おうとしたが、結局できなかった。煉華様を無視することになってしまうから〉
帝都で妖怪たちをまとめる雪影の絵。その表情はどこか暗い。
N〈それからずっと、煉華様の頼みを守るためだけに生きてきた〉
2話の冒頭、雪影が蓮華を煉華と認識したシーンの回想と、1つ前のシーンで雪影と蓮華が口付けをする場面の回想。
N〈まさか再会し――口付けをし合う関係になるとは思わなかった〉

○現在に戻る
縁側に座る雪影。顔を上げ、かつての煉華の姿と、今の蓮華の姿を思い出す。
N〈人間に転生しても、煉華様はあの頃と変わらず気高く美しい。その姿を見ていると、再会の喜びと共に、燃えるような恋情が蘇ってくる〉
雪影、なんの躊躇いもなく自分に口付けてきた蓮華を思い出し、憂いたように笑う。
雪影「俺はこんなに苦しんでいるというのに…ひどい人ですね、あなたは」
蓮華と口付けた唇に触れ、熱に侵されたように呟く雪影。
雪影「煉華様…俺が愛するのは、これまでもこれからも、あなただけです」

○雪影の屋敷・庭(朝)
砂利の敷かれた広い庭。中央に池があり、ほとりには松が飾られている。
その近くで、蓮華は異切を手に素振りをしている。
一通り終わって異切を鞘に収め、一息ついて額の汗を拭う蓮華。
蓮華(やはり鬼姫だった頃よりも力が落ちているな。本家の使用人の仕事をやっていたからか、多少はましだが…これから毎日鍛えなければ)
ふと顔を上げると、庭の端にある井戸の傍で、りんが水桶を持つのに苦戦しているのに気付いた。
蓮華はりんの傍に寄り、声をかける。
蓮華「お前…確かりんと言ったな。大丈夫か」
りん「ああっ、蓮華様! 心配しないでください、これくらいすぐに…」
りんがもう一度水桶を持ち上げようとするが、やはり持ち上がらない。
蓮華は顔を真っ赤にするりんを見て小さく笑った後、
蓮華「私がやろう」
と水桶の取っ手にてをかける。よいしょと力を入れると、なんとか水桶は持ち上がる。
蓮華(ふむ、少し重いが…運べなくもないだろう)
りん「わあっ、すごいですね! さすがはかつて雪影様がお仕えしていたお方!」
りんの発言に蓮華は目を瞬かせる。
蓮華「知っているのか?」
問われたりんは、少し顔を赤らめながら、
りん「まあ…はい。昨日のお二人のやりとりを、一通り見てしまいましたから」
蓮華(…ああ。そういえば私を最初に雪影の部屋に案内したのは、りんだったな)
納得しつつも、出会いの一部始終を見られていたことに全く動揺しない蓮華。
蓮華「で、この水桶はどこへ持って行けばいいんだ?」
りん「す、炊事場です!」
蓮華「わかった」
りん「わ、待ってください!」
炊事場に向かって歩き出す蓮華と、その後を追いかけるりん。

   ×××

蓮華とりんは砂利の敷かれた道を並んで歩いて行く。
りん「すみません、婚約者様に手伝わせてしまって…」
蓮華「構わない、この手のことは慣れている。にしても、雪影が人間の使用人をとるなんてな」
りん「い、いえ! 私、実は使用人ではなくて、旦那の手伝いで来ていまして。蓮華様がいらっしゃってからは、身の回りのお世話もすることになりましたが」
りんは念押しをするように蓮華に迫る。
りん「ですので心配なさらないでください! 雪影様は蓮華様一筋ですから!」
りんは暗に蓮華に嫉妬する必要はないと伝えたが、恋愛に鈍感な蓮華にそれは伝わらない。
蓮華「あ、ああ…よくわからないが、わかった」
すると正面から雪影と夏羽が歩いてきた。二人は蓮華とりんに気付いて近づいてくる。
蓮華「雪影と…夏羽だったか。おはよう」
夏羽「おはようございまぁす」
雪影「おはよう…ございます」
元気に挨拶する夏羽に対して、雪影は(昨夜の口付け契約を思い出し)照れたように顔をそらす。
それに蓮華が首をかしげていると、夏羽が笑顔で声をかけてきた。
夏羽「昨日の大立ち回りはすごかったですねぇ。昔と変わらず、煉華様はやっぱりお強いです」
蓮華「昔…? お前のような知り合い、覚えがないが…」
夏羽「やだなぁ、僕ですよ。風小僧の夏羽です。覚えてないですか?」
それを聞いた蓮華は、まだ幼くやんちゃそうな顔をした少年時代の夏羽を思い出す。
蓮華「あ、あの夏羽か!?」
夏羽「思い出してくれました? 雪影様が帝都にいるって聞いて、追いかけてきたんです。今は雪影様を手伝いながら、妻と一緒に薬師兼御守屋として、錯乱病の妖怪の治療をしているんですよ」
蓮華「妻…? 結婚までしているのか…」
夏羽「ええ、ここにいるりんと」
りんの体を抱き寄せる夏羽に、蓮華はまたもや驚きで目を丸くする。
夏羽「一目惚れしてから、すごく頑張ったんですよ。いろいろあったけど、今はすごく幸せです」
りん「も、もう。夏羽さん…お二人の前で恥ずかしいですよ」
蓮華と雪影がいるのもはばからず、仲睦まじげによりそう二人。
その様子を見て、蓮華は不安げな目を雪影に向ける。
雪影は二人の様子に呆れながら、口を開いた。
雪影「お察しの通り、夏羽は帝都の術の影響を受けています。ですが、本人も自覚があるようですし、りんも全てを理解した上での結婚だそうで。夏羽に錯乱病の兆候もありませんし、一旦は自由にさせています」
雪影の言葉に、夏羽も同意するように首を縦に振る。
夏羽「はい。それと雪影様の策には夫婦ともども全面的に同意しているのでご安心を」
りん「妖怪たちだけが苦しむ世界は、変えなければなりませんからね」
蓮華「そうか…ありがとう」
笑顔で告げてくるりんと夏羽に、複雑な感情を抱えながらも頷く蓮華。
そこで水桶を持っていたことを思い出し、
蓮華「では、そろそろ私たちは行かなければ。また後で…」
歩き出そうとした蓮華だったが、水桶の重さによろめいてしまう。
転びそうになったところを、雪影に抱き留められる。
雪影「おっと…大丈夫ですか?」
蓮華「…ああ」
呆然とする蓮華から水桶を自然に奪った雪影は、それを軽々と持ち上げる。
雪影「どこへ運べばいいのです?」
蓮華「…炊事場だ」
頷き、そのまま平気そうにすたすたと歩いていく雪影。
その姿を、蓮華は横で眺めながら、昔のことを思い出す。
蓮華(…昔は私の方が力があったから、気付かなかったが)
過去の回想。鬼姫・煉華が、大岩を軽々と持ち上げる絵。
蓮華(雪影は…こんなにも力強かったんだな)
蓮華視点で、重い水桶を持つ頼もしげな雪影の姿を大きめに描写。
それを見て、蓮華は胸を高鳴らせる。
だがそれがどういう感情か分からず首をひねりながら、蓮華は雪影の横を歩いて行った。