1話「紅蓮の鬼姫」
○過去・森の中(夜)
200年前。炎に包まれた森の向こうから、湊本家の術士たちの声が響いてくる。
湊本本家の術士「走れ! 鬼姫はこの先だ!」
鬼姫・煉華は煤で汚れた紅の髪を揺らめかせながら、妖刀・異切を鞘に収め、声のする方角を睨んで立っている。
後ろから煉華の側近の鬼・雪影が、槍を引きずりながらボロボロの体でやってくる。
雪影「煉華様、逃げましょう! 湊本家の者どもが、じきここにやって来ます!」
煉華「…私が奴らを迎えうつ。その間にお前は仲間を連れ、帝都を離れろ」
雪影「煉華様を置いて!? 嫌です、そんな…!」「第一、俺にはもう力がありません!」
煉華「なら――私の力を預けておこう」
煉華が雪影の襟首を掴んで引き寄せ、口付けで自分の力を与える。蓮華の体からオーラのような霊力が立ち上り、雪影の中に入っていった。同時に蓮華は、彼の胸へ異切を押し当てる。
唇を離し、目を丸くする雪影に微笑みながら囁く煉華。
煉華「妖怪たちを、頼んだぞ」
煉華は雪影の体を突き放し、彼がよろけたと同時に反対側へ走る。
雪影「煉華様!」
炎が立ち上る夜空に雪影の悲痛な声が響いた後、ブラックアウト。
N〈そして紅蓮の鬼姫は討ち取られ――帝都は偽りの楽園となった〉
(※ここまでを冒頭2~3ページでさらっと)
○現在・帝都の全景
帝都の全景を映す。青空の下、明治時代後期の東京のような街並みが並ぶ。
N〈――200年後。帝都〉
○湊本本家の屋敷・居間
広く豪華な和室の居間。床の間には大きな花瓶に生け花が飾ってあったり、刀が置いてあったりする。
居間の端では湊本蓮華が、ハタキで掃除をしている。古着の着物を着て、長い黒髪を結い上げ、頭の上でまとめている。
湊本本家の当主・湊本永勝と、その娘・湊本薫子、中央の黒檀の長机のそばに座り、湊本本家の歴史について話している。
永勝「――つまり我らの先祖が悪しき紅蓮の鬼姫を討ち取り、帝都に大がかりな術を施したからこそ、今の平和があるのだ」
薫子「その通りですわ、お父様。湊本家は妖怪どもを手懐けた名誉ある家。なのにどうして京弥様は、私との縁談を拒否して…」
薫子が言いかけたところで、永勝と薫子の間をハタキがひゅんと通り過ぎ、後ろの壁にバンと当たった。
永勝と薫子が振り返ると、蓮華が悪気も感じていなさそうな顔で立っている。
蓮華「失礼、手が滑ってしまった」
永勝「また貴様か…!」
怒った永勝が蓮華に近づき大声で怒鳴る。
永勝「掃除用具を飛ばすなといつも言っておるだろう! 異能も持たない上に掃除もまともにできんのか、この分家娘が…!」
蓮華(本人の前で胸くそ悪い話をするからだ)(だいたい200年前より力が落ちているのに、先祖の名ばかり偉そうに)
蓮華は適当に返事をしながら、内心悪態をつく。その態度が気に入らず、永勝は更に怒る。
永勝「…ほう、貴様の家族がどうなってもいいのだな?」
蓮華はさっと顔色を変え、苦々しげに頭を下げる。
蓮華「…大変、申し訳ありませんでした」
ハタキを拾って仕事に戻る蓮華。その姿をにやにやしながら眺める永勝と薫子。
○湊本本家の屋敷・門前~帝都の街
湊本本家の使用人の仕事を終え、帝都の街の薬屋へ寄り、薬を買った後、帝都の街を歩きながら家へ戻る蓮華。
帝都の街は、妖怪(人型)と人間のカップルがあちこちで仲睦まじげに歩いている。
蓮華はそれらを、複雑な顔で眺めている。
N〈妖怪が人を愛し、人は妖怪を受け入れる場所・帝都。かつて争い合っていた両者は、今この都で平和に生きている〉〈だがそれは、湊本家に作られたまがい物〉
○200年前の回想
湊本家の先祖たちが集まり、計画の相談をしている絵。
N〈200年前、彼らの先祖は妖怪たちを制御下に置くため、帝都に術をしく計画を立てた〉〈それは妖怪の心を書き換え、人間を絶対的に愛するよう操作する恐ろしい術――〉
他の妖怪たちと共に、煉華と雪影が背中合わせになりながら、湊本家の先祖たちと戦う絵。
N〈計画を知った私――鬼姫・煉華は、側近の雪影や仲間の妖怪たちと共に、湊本家に立ち向かった〉〈だが力及ばず討ち取られ――湊本家の術は帝都を覆った〉
○現在に戻る
賑やかな帝都の街を、蓮華は薬の包みを抱えて一人深刻そうに歩く。
N〈なのに何故か200年後の今、人間の…しかも湊本家の分家筋の「湊本蓮華」として生まれ変わっている〉
蓮華(初めは敵を倒し、妖怪たちを解放してやりたいと思っていたが…)
蓮華は自分の左手の甲を見て、固く拳を握りしめる。
蓮華(この体には、鬼の怪力はおろか、湊本分家の異能さえない。湊本は異能者の家系で、本家も分家も異能を持つというのに)(だからできるのはせいぜい、掃除用具を投げつけるくらいだ)
蓮華は悔しげな表情で、街から住居が集まる場所へと向かう。
○湊本分家の屋敷・門前
木造の門をくぐり、屋敷の中へ入っていく蓮華。
N〈それにもうひとつ――本家に逆らえない理由がある〉
○湊本分家の屋敷・桃花の寝室
襖を開けて部屋に入る蓮華。
蓮華「ただいま」
部屋は縁側沿いの日当たりのいい15畳ほどの和室。
その中心に布団が敷かれ、妹の桃花が長い髪を下ろした姿で、上半身を起こしている。その傍らには書生に変装した葛葉京弥と、蓮華の母の小百合が座っていた。三人は入ってきた蓮華に気づき、笑顔を見せる。
桃花「お帰りなさい、お姉様」
京弥「お邪魔しています、蓮華さん」
蓮華「京弥様。お仕事は大丈夫なのですか?」
京弥「今日は早めに終わったのです。妖怪たちも落ち着いているようでして」
蓮華「ならよかった。いつもありがとうございます」
蓮華は表情を和らげながら桃花の傍により、薬を彼女に手渡す。
桃花の左手の甲には桃のつぼみの形をした文様が浮かんでいる。一方の蓮華の左手の甲にはなにもない。
蓮華「具合はどうだ」
桃花「今日はいつもより調子がいいわ。お姉様こそ大丈夫? 本家の方々につらく当たられていない?」
心配そうな顔をする桃花に、蓮華は笑顔を見せる。
蓮華「心配するな、私は丈夫だからな。早く薬を飲め、桃花」
薬を飲む桃花を、蓮華は笑みを浮かべながら見つめている。
N〈湊本桃花。今世での私の妹だ。彼女は強い異能を持つが、心臓に病を抱えており、薬がなくては生きていけない〉〈だが一昨年の冬に父が他界し、母も年老いている。だから私が働いてお金を稼ぎ、薬を買っているのだ〉〈…本家に職探しを妨害され、奴らの使用人の仕事しか見つけられなかったが〉
薬を飲み終えた桃花は、小さく息をつき、蓮華に微笑む。
桃花「胸が楽になったわ。ありがとう、お姉様」
京弥「私からも礼を言います。こちらもあと少しで、桃花さんを迎える準備が整いますので。そうすればうちの援助で、病を治せるでしょう」
桃花「ありがとう。でも無理はしないで、京弥様」
京弥「無理ではないよ。愛しい君のためだからね」
心配そうな顔の桃花に、微笑みながら寄り添う京弥。
N〈京弥様は、湊本家と並ぶ名家・葛葉家の嫡男だ。桃花とは秘密の恋人の関係でもある〉〈名家の跡取りと、病気を抱えた分家娘。釣り合わない身分なのに、彼は桃花と一緒になるため奔走してくれていた〉
二人の様子を微笑ましげに眺めながら、蓮華は口を開く。
蓮華「これは祝言の日が楽しみだな」
桃花「もう、お姉様ったら…!」
桃花が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
桃花「それに私よりも先にお姉様よ。私だけ幸せになんて…そんなの嫌だわ」
蓮華「お前が幸せになれば、私も幸せだよ」
桃花「またそんな事を言って…」
蓮華「本当だ」
蓮華は微笑みながら桃花の頭を優しく撫でる。
N〈心優しい妹に、その恋人。温かく見守ってくれる母。敵の家に生まれて絶望したが、彼女たちのお陰で穏やかでいられる〉
蓮華(妖怪たちを救う力がないのは心苦しいが…せめて桃花の幸せだけは、守ってやらねば)
和やかな空気に包まれた蓮華たちの姿を、開いたままの門の外から、怪しい男(本家が寄越した偵察)が覗いていた。
○湊本分家の屋敷・客間
30畳ほどの和室。長机を挟んで、蓮華・桃花・小百合と、永勝、薫子が座っている。
蓮華「――桃花を、氷の鬼に嫁がせる…?」(※氷の鬼=雪影だが、この時点で蓮華は気付いていない)
絶望した表情で呟く蓮華に、永勝はにやにやと笑みを浮かべながら口を開く。
永勝「ああ。帝都最強の鬼と縁を結べば、我ら湊本家の立場はより確かなものとなる。病弱でもその娘の異能は強い。散々人との婚姻を拒んできた奴も喜んで承諾するだろう」
蓮華(氷の鬼といえば、術の影響下にいるのに人を愛さず、やってきた婚約者を全て突き返した冷徹無慈悲な奴という話だ。妖怪としては見事なものだが…桃花では体が耐えられない)(それに桃花には、京弥様がいる)
桃花は蓮華の横で唇を震わせながら、真っ青になっている。そんな彼女に、薫子が勝ち誇ったような顔で、
薫子「京弥様なら心配いらないわ。あの方は私の婚約者になるもの」
永勝「かわいい娘の願いは、叶えてやらんとなぁ。それに本家の娘を差し出せば、あの家も御しやすくなる」
桃花「…っ!」
桃花が信じられないという顔で、薫子を見つめる。その顔に苛立った薫子は、桃花の前にやってきて怒鳴る。
薫子「なに、その顔…全部知ってるのよ、このアバスレが! 京弥様と釣り合うのは私なの。分家娘の分際で、あの人を奪うんじゃないわ!」
薫子が平手をあげて桃花を打とうとする。しかし、その前に蓮華が桃花を庇い、代わりに打たれた。
桃花「お姉様!」
小百合「蓮華!」
蓮華「心配ない、風に吹かれた程度だ」
頬を拭ってにらみつけてくる蓮華に、薫子は舌打ちをし、余計に怒る。
薫子「…その目、本当に癪に障るわ。今日という今日は許さないから」
薫子は永勝を振り返り、
薫子「お父様、この女をうちの使用人から解雇してください。妹が嫁げば、金は必要ないでしょうから」
永勝「いいとも。分家で利用価値があるのは病弱娘だけだ。残りがどうなろうと、知ったことではない」「新しい仕事を探そうが無駄だぞ。貴様らを受け入れる場所はないだろうからな!」
高笑いする永勝と薫子。その前で顔を真っ青にする小百合と桃花。二人を庇いながら、蓮華は永勝と薫子をにらみつける。
×××
永勝と薫子が去った後、湊本分家の客室に重い空気がただよう。
桃花「本家の命令は絶対だわ。だから私、氷の鬼に…」
蓮華「…いや、桃花は行かせられない。体のこともあるし、京弥様がいるだろう」
小百合「その通りよ。でも、どうすれば…」
蓮華「私が桃花の振りをして奴に嫁ごう。冷徹だが、立場なりに金はあるはずだ。交渉して結納金を取ってくれば、しばらく生活費と薬代には困らないだろう」
蓮華の宣言に、桃花は大きく首を横に振る。
桃花「駄目よ! お姉様が犠牲になんて…!」
涙目になる桃花を、蓮華は優しく抱きしめた。
蓮華「言っただろう。お前の幸せが、私の幸せだ」
蓮華は桃花の体を解放し、その両肩に手を当てる。
蓮華「お前はまず、京弥様と連絡を取れ。氷の鬼のことは私に任せろ」
桃花は涙を流しながら、小さく頷いた。
○雪影の屋敷・門前
白く大きな門の前に、桃花と同じように髪を下ろし、桃色の着物で着飾った蓮華がやってくる。
蓮華は門を見上げて目をしかめる。
蓮華(ここが、氷の鬼の屋敷か…)
門から出てきた使用人姿のりんが、少し迷った様子で顔を出す。(※雪影からは通すなと言われているため)
蓮華(使用人は人間か…術に惑わされていないのは嘘なんじゃないか?)
案内されながら、蓮華は門をくぐる。
○雪影の屋敷・廊下
木造の長い廊下を、りんについて歩いていく蓮華。
蓮華(しかし氷の鬼とは、雪影を思い出すな。奴も氷の術が得意だった)(帝都からは逃がしたはずだが、今頃どこにいるのだろう。妖怪の寿命を考えれば、まだ生きてはいるだろうが…)
礼儀正しく歩きながら、蓮華はぼんやり氷の鬼のことを考える。
○雪影の屋敷・雪影の執務室前
雪影の執務室前の廊下に座るりんと蓮華。閉じられた襖の向こうに、りんが声をかける。
りん「失礼します。湊本のお嬢様がお見えです」
雪影「通すなと言っただろう」
襖の向こうから聞こえた声に、蓮華は違和感を抱く。
蓮華(この声…)
りん「ですが、なにも言わずに追い返すのも…」
雪影「俺は人間など娶らない。まして湊本の娘などまっぴらだ!」
蓮華の脳裏に、自分に笑いかけてくる雪影の姿が浮かぶ。
蓮華(まさか…確かに逃げるよう、言ったはず――!)
蓮華は勢いよく立ち上がり、襖を思い切り開く。
○雪影の屋敷・雪影の執務室
20畳ほどの大きさの部屋。床の間には山を描いた掛け軸と、鬼姫・煉華の愛刀――妖刀・異切が飾ってある。
部屋の中心には執務机が置いてあり、その前で白い髪を振り乱し、頭を抑えながら憎々しげな目で蓮華をにらみつける雪影がいた。
雪影「許可していないのに…礼儀知らずな娘だな」
目を見張る蓮華に、雪影は叫ぶ。
雪影「帰れ、娘。術があろうと、人間など愛してやるものか。俺が想うのは――煉華様ただお一人だ!」
○過去・森の中(夜)
200年前。炎に包まれた森の向こうから、湊本家の術士たちの声が響いてくる。
湊本本家の術士「走れ! 鬼姫はこの先だ!」
鬼姫・煉華は煤で汚れた紅の髪を揺らめかせながら、妖刀・異切を鞘に収め、声のする方角を睨んで立っている。
後ろから煉華の側近の鬼・雪影が、槍を引きずりながらボロボロの体でやってくる。
雪影「煉華様、逃げましょう! 湊本家の者どもが、じきここにやって来ます!」
煉華「…私が奴らを迎えうつ。その間にお前は仲間を連れ、帝都を離れろ」
雪影「煉華様を置いて!? 嫌です、そんな…!」「第一、俺にはもう力がありません!」
煉華「なら――私の力を預けておこう」
煉華が雪影の襟首を掴んで引き寄せ、口付けで自分の力を与える。蓮華の体からオーラのような霊力が立ち上り、雪影の中に入っていった。同時に蓮華は、彼の胸へ異切を押し当てる。
唇を離し、目を丸くする雪影に微笑みながら囁く煉華。
煉華「妖怪たちを、頼んだぞ」
煉華は雪影の体を突き放し、彼がよろけたと同時に反対側へ走る。
雪影「煉華様!」
炎が立ち上る夜空に雪影の悲痛な声が響いた後、ブラックアウト。
N〈そして紅蓮の鬼姫は討ち取られ――帝都は偽りの楽園となった〉
(※ここまでを冒頭2~3ページでさらっと)
○現在・帝都の全景
帝都の全景を映す。青空の下、明治時代後期の東京のような街並みが並ぶ。
N〈――200年後。帝都〉
○湊本本家の屋敷・居間
広く豪華な和室の居間。床の間には大きな花瓶に生け花が飾ってあったり、刀が置いてあったりする。
居間の端では湊本蓮華が、ハタキで掃除をしている。古着の着物を着て、長い黒髪を結い上げ、頭の上でまとめている。
湊本本家の当主・湊本永勝と、その娘・湊本薫子、中央の黒檀の長机のそばに座り、湊本本家の歴史について話している。
永勝「――つまり我らの先祖が悪しき紅蓮の鬼姫を討ち取り、帝都に大がかりな術を施したからこそ、今の平和があるのだ」
薫子「その通りですわ、お父様。湊本家は妖怪どもを手懐けた名誉ある家。なのにどうして京弥様は、私との縁談を拒否して…」
薫子が言いかけたところで、永勝と薫子の間をハタキがひゅんと通り過ぎ、後ろの壁にバンと当たった。
永勝と薫子が振り返ると、蓮華が悪気も感じていなさそうな顔で立っている。
蓮華「失礼、手が滑ってしまった」
永勝「また貴様か…!」
怒った永勝が蓮華に近づき大声で怒鳴る。
永勝「掃除用具を飛ばすなといつも言っておるだろう! 異能も持たない上に掃除もまともにできんのか、この分家娘が…!」
蓮華(本人の前で胸くそ悪い話をするからだ)(だいたい200年前より力が落ちているのに、先祖の名ばかり偉そうに)
蓮華は適当に返事をしながら、内心悪態をつく。その態度が気に入らず、永勝は更に怒る。
永勝「…ほう、貴様の家族がどうなってもいいのだな?」
蓮華はさっと顔色を変え、苦々しげに頭を下げる。
蓮華「…大変、申し訳ありませんでした」
ハタキを拾って仕事に戻る蓮華。その姿をにやにやしながら眺める永勝と薫子。
○湊本本家の屋敷・門前~帝都の街
湊本本家の使用人の仕事を終え、帝都の街の薬屋へ寄り、薬を買った後、帝都の街を歩きながら家へ戻る蓮華。
帝都の街は、妖怪(人型)と人間のカップルがあちこちで仲睦まじげに歩いている。
蓮華はそれらを、複雑な顔で眺めている。
N〈妖怪が人を愛し、人は妖怪を受け入れる場所・帝都。かつて争い合っていた両者は、今この都で平和に生きている〉〈だがそれは、湊本家に作られたまがい物〉
○200年前の回想
湊本家の先祖たちが集まり、計画の相談をしている絵。
N〈200年前、彼らの先祖は妖怪たちを制御下に置くため、帝都に術をしく計画を立てた〉〈それは妖怪の心を書き換え、人間を絶対的に愛するよう操作する恐ろしい術――〉
他の妖怪たちと共に、煉華と雪影が背中合わせになりながら、湊本家の先祖たちと戦う絵。
N〈計画を知った私――鬼姫・煉華は、側近の雪影や仲間の妖怪たちと共に、湊本家に立ち向かった〉〈だが力及ばず討ち取られ――湊本家の術は帝都を覆った〉
○現在に戻る
賑やかな帝都の街を、蓮華は薬の包みを抱えて一人深刻そうに歩く。
N〈なのに何故か200年後の今、人間の…しかも湊本家の分家筋の「湊本蓮華」として生まれ変わっている〉
蓮華(初めは敵を倒し、妖怪たちを解放してやりたいと思っていたが…)
蓮華は自分の左手の甲を見て、固く拳を握りしめる。
蓮華(この体には、鬼の怪力はおろか、湊本分家の異能さえない。湊本は異能者の家系で、本家も分家も異能を持つというのに)(だからできるのはせいぜい、掃除用具を投げつけるくらいだ)
蓮華は悔しげな表情で、街から住居が集まる場所へと向かう。
○湊本分家の屋敷・門前
木造の門をくぐり、屋敷の中へ入っていく蓮華。
N〈それにもうひとつ――本家に逆らえない理由がある〉
○湊本分家の屋敷・桃花の寝室
襖を開けて部屋に入る蓮華。
蓮華「ただいま」
部屋は縁側沿いの日当たりのいい15畳ほどの和室。
その中心に布団が敷かれ、妹の桃花が長い髪を下ろした姿で、上半身を起こしている。その傍らには書生に変装した葛葉京弥と、蓮華の母の小百合が座っていた。三人は入ってきた蓮華に気づき、笑顔を見せる。
桃花「お帰りなさい、お姉様」
京弥「お邪魔しています、蓮華さん」
蓮華「京弥様。お仕事は大丈夫なのですか?」
京弥「今日は早めに終わったのです。妖怪たちも落ち着いているようでして」
蓮華「ならよかった。いつもありがとうございます」
蓮華は表情を和らげながら桃花の傍により、薬を彼女に手渡す。
桃花の左手の甲には桃のつぼみの形をした文様が浮かんでいる。一方の蓮華の左手の甲にはなにもない。
蓮華「具合はどうだ」
桃花「今日はいつもより調子がいいわ。お姉様こそ大丈夫? 本家の方々につらく当たられていない?」
心配そうな顔をする桃花に、蓮華は笑顔を見せる。
蓮華「心配するな、私は丈夫だからな。早く薬を飲め、桃花」
薬を飲む桃花を、蓮華は笑みを浮かべながら見つめている。
N〈湊本桃花。今世での私の妹だ。彼女は強い異能を持つが、心臓に病を抱えており、薬がなくては生きていけない〉〈だが一昨年の冬に父が他界し、母も年老いている。だから私が働いてお金を稼ぎ、薬を買っているのだ〉〈…本家に職探しを妨害され、奴らの使用人の仕事しか見つけられなかったが〉
薬を飲み終えた桃花は、小さく息をつき、蓮華に微笑む。
桃花「胸が楽になったわ。ありがとう、お姉様」
京弥「私からも礼を言います。こちらもあと少しで、桃花さんを迎える準備が整いますので。そうすればうちの援助で、病を治せるでしょう」
桃花「ありがとう。でも無理はしないで、京弥様」
京弥「無理ではないよ。愛しい君のためだからね」
心配そうな顔の桃花に、微笑みながら寄り添う京弥。
N〈京弥様は、湊本家と並ぶ名家・葛葉家の嫡男だ。桃花とは秘密の恋人の関係でもある〉〈名家の跡取りと、病気を抱えた分家娘。釣り合わない身分なのに、彼は桃花と一緒になるため奔走してくれていた〉
二人の様子を微笑ましげに眺めながら、蓮華は口を開く。
蓮華「これは祝言の日が楽しみだな」
桃花「もう、お姉様ったら…!」
桃花が顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
桃花「それに私よりも先にお姉様よ。私だけ幸せになんて…そんなの嫌だわ」
蓮華「お前が幸せになれば、私も幸せだよ」
桃花「またそんな事を言って…」
蓮華「本当だ」
蓮華は微笑みながら桃花の頭を優しく撫でる。
N〈心優しい妹に、その恋人。温かく見守ってくれる母。敵の家に生まれて絶望したが、彼女たちのお陰で穏やかでいられる〉
蓮華(妖怪たちを救う力がないのは心苦しいが…せめて桃花の幸せだけは、守ってやらねば)
和やかな空気に包まれた蓮華たちの姿を、開いたままの門の外から、怪しい男(本家が寄越した偵察)が覗いていた。
○湊本分家の屋敷・客間
30畳ほどの和室。長机を挟んで、蓮華・桃花・小百合と、永勝、薫子が座っている。
蓮華「――桃花を、氷の鬼に嫁がせる…?」(※氷の鬼=雪影だが、この時点で蓮華は気付いていない)
絶望した表情で呟く蓮華に、永勝はにやにやと笑みを浮かべながら口を開く。
永勝「ああ。帝都最強の鬼と縁を結べば、我ら湊本家の立場はより確かなものとなる。病弱でもその娘の異能は強い。散々人との婚姻を拒んできた奴も喜んで承諾するだろう」
蓮華(氷の鬼といえば、術の影響下にいるのに人を愛さず、やってきた婚約者を全て突き返した冷徹無慈悲な奴という話だ。妖怪としては見事なものだが…桃花では体が耐えられない)(それに桃花には、京弥様がいる)
桃花は蓮華の横で唇を震わせながら、真っ青になっている。そんな彼女に、薫子が勝ち誇ったような顔で、
薫子「京弥様なら心配いらないわ。あの方は私の婚約者になるもの」
永勝「かわいい娘の願いは、叶えてやらんとなぁ。それに本家の娘を差し出せば、あの家も御しやすくなる」
桃花「…っ!」
桃花が信じられないという顔で、薫子を見つめる。その顔に苛立った薫子は、桃花の前にやってきて怒鳴る。
薫子「なに、その顔…全部知ってるのよ、このアバスレが! 京弥様と釣り合うのは私なの。分家娘の分際で、あの人を奪うんじゃないわ!」
薫子が平手をあげて桃花を打とうとする。しかし、その前に蓮華が桃花を庇い、代わりに打たれた。
桃花「お姉様!」
小百合「蓮華!」
蓮華「心配ない、風に吹かれた程度だ」
頬を拭ってにらみつけてくる蓮華に、薫子は舌打ちをし、余計に怒る。
薫子「…その目、本当に癪に障るわ。今日という今日は許さないから」
薫子は永勝を振り返り、
薫子「お父様、この女をうちの使用人から解雇してください。妹が嫁げば、金は必要ないでしょうから」
永勝「いいとも。分家で利用価値があるのは病弱娘だけだ。残りがどうなろうと、知ったことではない」「新しい仕事を探そうが無駄だぞ。貴様らを受け入れる場所はないだろうからな!」
高笑いする永勝と薫子。その前で顔を真っ青にする小百合と桃花。二人を庇いながら、蓮華は永勝と薫子をにらみつける。
×××
永勝と薫子が去った後、湊本分家の客室に重い空気がただよう。
桃花「本家の命令は絶対だわ。だから私、氷の鬼に…」
蓮華「…いや、桃花は行かせられない。体のこともあるし、京弥様がいるだろう」
小百合「その通りよ。でも、どうすれば…」
蓮華「私が桃花の振りをして奴に嫁ごう。冷徹だが、立場なりに金はあるはずだ。交渉して結納金を取ってくれば、しばらく生活費と薬代には困らないだろう」
蓮華の宣言に、桃花は大きく首を横に振る。
桃花「駄目よ! お姉様が犠牲になんて…!」
涙目になる桃花を、蓮華は優しく抱きしめた。
蓮華「言っただろう。お前の幸せが、私の幸せだ」
蓮華は桃花の体を解放し、その両肩に手を当てる。
蓮華「お前はまず、京弥様と連絡を取れ。氷の鬼のことは私に任せろ」
桃花は涙を流しながら、小さく頷いた。
○雪影の屋敷・門前
白く大きな門の前に、桃花と同じように髪を下ろし、桃色の着物で着飾った蓮華がやってくる。
蓮華は門を見上げて目をしかめる。
蓮華(ここが、氷の鬼の屋敷か…)
門から出てきた使用人姿のりんが、少し迷った様子で顔を出す。(※雪影からは通すなと言われているため)
蓮華(使用人は人間か…術に惑わされていないのは嘘なんじゃないか?)
案内されながら、蓮華は門をくぐる。
○雪影の屋敷・廊下
木造の長い廊下を、りんについて歩いていく蓮華。
蓮華(しかし氷の鬼とは、雪影を思い出すな。奴も氷の術が得意だった)(帝都からは逃がしたはずだが、今頃どこにいるのだろう。妖怪の寿命を考えれば、まだ生きてはいるだろうが…)
礼儀正しく歩きながら、蓮華はぼんやり氷の鬼のことを考える。
○雪影の屋敷・雪影の執務室前
雪影の執務室前の廊下に座るりんと蓮華。閉じられた襖の向こうに、りんが声をかける。
りん「失礼します。湊本のお嬢様がお見えです」
雪影「通すなと言っただろう」
襖の向こうから聞こえた声に、蓮華は違和感を抱く。
蓮華(この声…)
りん「ですが、なにも言わずに追い返すのも…」
雪影「俺は人間など娶らない。まして湊本の娘などまっぴらだ!」
蓮華の脳裏に、自分に笑いかけてくる雪影の姿が浮かぶ。
蓮華(まさか…確かに逃げるよう、言ったはず――!)
蓮華は勢いよく立ち上がり、襖を思い切り開く。
○雪影の屋敷・雪影の執務室
20畳ほどの大きさの部屋。床の間には山を描いた掛け軸と、鬼姫・煉華の愛刀――妖刀・異切が飾ってある。
部屋の中心には執務机が置いてあり、その前で白い髪を振り乱し、頭を抑えながら憎々しげな目で蓮華をにらみつける雪影がいた。
雪影「許可していないのに…礼儀知らずな娘だな」
目を見張る蓮華に、雪影は叫ぶ。
雪影「帰れ、娘。術があろうと、人間など愛してやるものか。俺が想うのは――煉華様ただお一人だ!」


