曖昧な空模様は翌日になっても続いた。念のためと持ってきた長傘を腕に引っ掛けて校門を出た。
……おかしいな、駄菓子屋どこだっけ?
「……なんで? なんでないの?」
この場所にあったはずの駄菓子屋がなくなっていた。
道を間違えた? そんなことはない。戸建てと個人商店が建ち並ぶこの道だもの。床屋さんと赤い車がある戸建ての間にあった……よね? わたしは一人、不安に駆られる。
にゃあ、と、か細い声がした。ふくらはぎに三毛猫がすり寄っていた。
きなこ……いつの間に……。見知った顔に安堵した。
きなこの鈴の音がチリンチリンと高らかに鳴った。錆びついた、濁ったような音じゃなかった。ここに居るきなこは薄汚れてなくて、綺麗な毛並みの三毛猫だった。こちらを見上げる愛くるしい瞳だけは変わっていない。頭を毛並みに沿って撫でた。
「あのー……」
「ひゃっ!」
焦って変な声を出してしまって恥ずかしい。わたしと同い年くらいの女の子が自宅敷地内の庭からそろりと顔を出す。
「そのコ、うちで飼ってる猫だよ」
「そうなんだ」
「えっと、この辺りに駄菓子屋ってないかな?」
「どこだろ? 駄菓子屋はないと思うんだけど……」
空へ目を泳がせる彼女に、わたしは彼女の住む家を指さした。当然のように彼女は戸惑っている。そして、わたしを魔女か、未来からの遣いの者か、それとも頭がおかしくなって意味不明なことを言っている子か──の、どれかだろうというふうな表情でわたしを見つめる。
「わっ、きなこ!」
きなこがわたしに両手を伸ばして抱っこを求めてきた。ふわりと持ち上げて体を支えた。
「え? うちのコ、きなこって名前付けてくれたんだ。しかもすごく懐いてる」
「……うん、勝手に付けてごめんね。信じてもらえないかもだけど、ここに駄菓子屋が確かにあったの。きなこは見た目、もっと汚れてた」
わたしは彼女の住む戸建てを見上げた。
「……すごく不思議」
「……うん。ちょっと、わたしもまだ混乱してる」
「けど、私は信じる。人見知りの大福が懐いてるし、ほんとに駄菓子屋があったんだと思う。ここだけ時間軸がズレてたかもね」
「ラノベの世界みたい」
彼女は「ふふ」と微笑む。口元へ白い手が伸びた。胸元まである真っ直ぐな黒髪が揺れている。落ち着いた雰囲気のなかに芯の強さを感じ取った。
「大福って名前かわいいね」
「あ、ありがと」
名前の由来は、柔らかくて美味しそうだから。お茶目に話す彼女に好感を持った。きなこの本当の名前を知る。
きなこと大福。和菓子繋がりに自然と口の端が緩んだ。
……おかしいな、駄菓子屋どこだっけ?
「……なんで? なんでないの?」
この場所にあったはずの駄菓子屋がなくなっていた。
道を間違えた? そんなことはない。戸建てと個人商店が建ち並ぶこの道だもの。床屋さんと赤い車がある戸建ての間にあった……よね? わたしは一人、不安に駆られる。
にゃあ、と、か細い声がした。ふくらはぎに三毛猫がすり寄っていた。
きなこ……いつの間に……。見知った顔に安堵した。
きなこの鈴の音がチリンチリンと高らかに鳴った。錆びついた、濁ったような音じゃなかった。ここに居るきなこは薄汚れてなくて、綺麗な毛並みの三毛猫だった。こちらを見上げる愛くるしい瞳だけは変わっていない。頭を毛並みに沿って撫でた。
「あのー……」
「ひゃっ!」
焦って変な声を出してしまって恥ずかしい。わたしと同い年くらいの女の子が自宅敷地内の庭からそろりと顔を出す。
「そのコ、うちで飼ってる猫だよ」
「そうなんだ」
「えっと、この辺りに駄菓子屋ってないかな?」
「どこだろ? 駄菓子屋はないと思うんだけど……」
空へ目を泳がせる彼女に、わたしは彼女の住む家を指さした。当然のように彼女は戸惑っている。そして、わたしを魔女か、未来からの遣いの者か、それとも頭がおかしくなって意味不明なことを言っている子か──の、どれかだろうというふうな表情でわたしを見つめる。
「わっ、きなこ!」
きなこがわたしに両手を伸ばして抱っこを求めてきた。ふわりと持ち上げて体を支えた。
「え? うちのコ、きなこって名前付けてくれたんだ。しかもすごく懐いてる」
「……うん、勝手に付けてごめんね。信じてもらえないかもだけど、ここに駄菓子屋が確かにあったの。きなこは見た目、もっと汚れてた」
わたしは彼女の住む戸建てを見上げた。
「……すごく不思議」
「……うん。ちょっと、わたしもまだ混乱してる」
「けど、私は信じる。人見知りの大福が懐いてるし、ほんとに駄菓子屋があったんだと思う。ここだけ時間軸がズレてたかもね」
「ラノベの世界みたい」
彼女は「ふふ」と微笑む。口元へ白い手が伸びた。胸元まである真っ直ぐな黒髪が揺れている。落ち着いた雰囲気のなかに芯の強さを感じ取った。
「大福って名前かわいいね」
「あ、ありがと」
名前の由来は、柔らかくて美味しそうだから。お茶目に話す彼女に好感を持った。きなこの本当の名前を知る。
きなこと大福。和菓子繋がりに自然と口の端が緩んだ。

