なんとなく広がる青空は下校時間になっても続いていた。長傘は必要なかったかもしれない。
 有言実行だ。今日はおばあちゃんに会いにいく。わたしを孫だって忘れていても構うものか。

 学校近くのバス停でバスを待っていると、同じ制服を着た女子がわたしの前を通過していった。ふわりと花の香りがした。髪型も後ろの高い位置で束ねていて、細い首筋が際立つ。きっとおやつも、わたしみたいに駄菓子屋でカレーせんとかじゃなくて、見栄えのするケーキとかなのかな。お母さんの言う女の子らしい(・・・・・・)って、こういうことなんだろなと思った。

 バスに揺られること二十分、降り立つと老人ホームはすぐそこにあった。
 受付を済ませ、個室の扉を引いた。
 
「おばあちゃん?」
「あぁ? あれまぁ、今日はまたえらく若い方が来なさった、いつもありがとうございます」
「あ……いえ……」

 おばあちゃんは、ぬり絵をしていた。わたしをヘルパーさんだと思ってるのかな。

「いま花びらをぬってるんですわ」 
「紫陽花だね。綺麗な青だね」 
「そちらさんの傘も綺麗な色だねぇ」
  
 自分が孫に買ったことも忘れているのだろうな。
 おばあちゃんはミズクラゲの傘をじっと見ていた。それでもわたしは、かすかな希望を、光を見た気がした。すぐに広げてみせた。ミズクラゲが傘一面に広がって泳いでいる。
 おばあちゃんは、わあ、と初めて見るふうに感激するばかりで思い出すことはなかった。

「おばあちゃん、また来るからね」

 おばあちゃんは色鉛筆を握りしめたまま、南側にある窓をぼんやり眺めていた。返事はない。もう一度振り向いて声をかけた。

「……ごめんな、こんなになって、ごめんな……」 
「おばあちゃんっ」

 目が合ったその一瞬だけ、おばあちゃんは確かにわたしのおばあちゃん(・・・・・・・・・・)だった。
 目を伏せて、もう一度おばあちゃんの顔を見たときにはもう、ぬり絵を始めていた。