「ただいま」
「おかえり。遅かったわね。どうせまた寄り道でもしてたんでしょう」  
「駄菓子屋に寄ってた」
「なにか食べてきたの?」
「カレーせん、あの瓶に入ってるやつ」 
「あれも思うけど、ちょっと不衛生な感じするのよねぇ。本来、駄菓子なんて中学生が食べるものじゃないでしょう。おやつならうちで食べなさい」

 ──ほら、決めつけてくる。駄菓子を見下している。駄菓子屋のおばあちゃんのことも悪く言われた気がして嫌だった。 
 スカートのポケットを握りしめた。駄菓子屋のおばあちゃんに貰ったフーセンガムの箱がひしゃける感じがした。
 お母さんは乾いた洗濯物を取り込みにいった。内心ホッとする。 
 お母さんは、なにかひとこと言わなきゃ気がすまないのかな。駄菓子屋に寄り道することも、きなこに会いにいくことも、帰りが少し遅くなることも全部だめなことなのかな。

 中学生になったら何か部活動をしたかったけれど、入らせてもらえなかった。うちは転勤族だし、入ってもいずれ辞めないといけない。そうなると菜乃花が辛いでしょう、無駄よと言う。実際、面白そうな部活があった。お母さんに文芸部に入りたいと言ったら、文芸部なんて将来たいして役に立ちそうもないじゃない、無駄だわと却下された。

 わたしはお母さんのなんなの。
 人形? 
 都合の良い駒? 
 お母さんの言いつけを聞くAIロボット?

 ほんの些細なことも、お母さんの意思で決められて黒く塗り潰される。
 わたしの意思は始めから無かったもの扱い。しかも否定されるたびに、自分の存在や性格なんかも否定された気分になる。
 何気なく放たれた悪意のない言葉だとしても、長い間、浴び続けてきたわたしの心はもうボロ雑巾のようだった。

 これも菜乃花のためなのよと、ことごとく言ってきて聞こえはいい。たぶんお母さんは自分の思い通りにしたいだけ、自分の理想である娘を作りあげたいだけ、目の前にいるわたしのことなんてきっと眼中にない。

「……着替えてくる」 
「待って菜乃花、プリンあるわよ」

 洗濯物をたたみ終えたお母さんが、わたしとまだ話したいのかフローリングの床を大きく鳴らして戻ってきた。
 晩ご飯になったらお母さんとふたりきりになるんだもん。それまでは自由になりたい。急ぎの課題があるからと適当に言って自室の扉を閉めた。