店の奥からおばあちゃんがやってきて「いらっしゃい」と出迎えてくれた。

「カレーせん二枚ください」
「あいよ。食べてくかい?」
「うん」 
「ほんなら六十円な」

 わたしはちょうどの小銭をキャッシュトレイに置いて、客用のパイプ椅子に座った。
 おばあちゃんは慣れた手つきで大きな瓶のフタを開けて、トングでカレーせんを取り出して紙に挟み込む。
 それを受け取ると、遠慮なくパリポリと音を響かせながら味わった。
 椅子に腰掛けたおばあちゃんは孫の話をしだした。

「あんた幾つやね?」
「十三」
「ほんなら孫と同い年だわ」
「わぁ」
「制服を着るとこんなふうなんやなぁ……へぇ……」
 
 一瞬、遠い目を寄越した。遠くに住んでいるんだろうなと思うと、おばあちゃんがかわいそうに思えた。

「もう何年会ってないやろなぁ」
「……さみしいね。だったらわたしがおばあちゃんに会いにくる」
「そうかい、そうかい、優しい子やね」

 そういうわたしの祖母も離れた場所で暮らしているじゃないか。明日、会いにいこうかな。たとえわたしを孫だと忘れていても──。

「そろそろ帰るね」
「あんた、名前は?」
菜乃花(なのか)。菜の花の菜に、豊臣秀吉の秀の下の漢字に、花で、菜乃花だよ」
「おお、それはまた縁起がええな。菜乃花ちゃんかい、きれいで響きのええ名前だ」
「菜乃花ちゃん、ほれ、フーセンガムあげた」
「やったぁ、ありがとう」
 
 おばあちゃんが立ち上がったとき、黒くて長いものが動いた。
 
 きなこ?
 きなこ居るの?
 
 きなこが店に入ってきたのかと思って見渡したけれど姿はない。気のせいかな、鈴の音もしなかった。

 駄菓子屋を出る頃には雨はあがっていて、うっすらと虹がかかっていた。そのまま見上げる先には高々とそびえ立つ高層マンションがあった。自室三十階からの眺めは嫌なことも無かったことにできるくらい素敵なんだ。けれど足取りは重い。濡れてしまった傘をさしたまま家に向かった。