荒々しい気配に怯えて思わずビクッと身体を震わせてしまった私を庇い、モラン伯爵は怪訝そうな表情で声が聞こえた会場の入り口付近へと視線を向けた。

「このような城の大広間に、粗野な賊が入り込むだと……? 考えられない。どういうことだ?」

 亡き夫の代行で深夜にまで及ぶ執務を一年間続けたせいか、私の視力は以前に比べて格段に落ちてしまっていた。

 だから、声が聞こえてきた辺りに物々しい大きな身体の軍人らしき男性と城の衛兵が揉めている様子は見て取れるけれど、あの声を発したのがどんな人物なのか、目が悪いせいでもやがかかったように見えないから、さっぱりわからないのだ。

 夫アーロンが戦死した北の国境で繰り広げられていた連合軍との戦いは、つい先日辛くも我がシュレイド王国軍が勝利し、そろそろ前線に居た兵士たちも戻って来るだろうという噂は聞いていた。

 もしかしたら……どこだかの貴族の奥方が戦場に向かった夫には知られないだろうと、堂々と浮気をしていたのかもしれない。