サムは小さくお辞儀をして、去ってしまった。彼はあの時の約束を守り、誰にも義母の話はしていないようだ。

 アーロンは、義母の所業を怒るだろうか……大金を出して嫁いで来た私が、家族の誰からも愛されていない女であることを知り、ガッカリするだろうか。

「そういえば……アーロンは何故、私を妻にしようと思ったのかしら?」

 私は本当に今更ながら、そのことに気がついた。

 私は義母の意向から社交界デビューもまだで、アーロンの顔も知らなかった。だとするならば、彼だって私のことを見ていないはずなのに。

 キーブルグ侯爵家からの縁談に、持参金なく金銭を要求する条件を付けたと言うのに、アーロンは特に抗議することなくそれをすんなり受け入れたそうだ。

 私が今キーブルグ侯爵家に居て、何不自由なく生活できているのは、すべてアーロンがそうしてくれたおかげだった。

 扉を叩く音がして返事をすれば、クウェンティンが入って来た。

「奥様。早めに帰って来た旦那様が、テラスで一緒にお茶をどうかと仰っておりますが」

「すぐに行くわ」