夫は有能な将軍で歴史ある裕福なキーブルグ侯爵家に嫁ぎ、人から見れば羨むような立場にあるというのに、突然に天と地ほども状況が変わってしまい、当人の私はなんとも居心地が悪かった。

 夫の弟ヒルデガードに迫られることももうないし、愛人を名乗っていたサマンサから、子どものためだとお金を無心されることもない。

「そういえば、サマンサのことで気になったことがあったのですが……」

「ああ……俺の愛人を名乗っていた、あの詐欺師の女だな。生まれたばかりの赤ん坊を慈善院に預けるかと問えば、そうしてくれと言って走って逃げたらしい。赤ん坊は罪がないので、俺も十分に食べられるようにと金を出した」

 憮然としたアーロンはそう言ったので、私はほっと安心した。罪のない赤ん坊に関しては、私も彼と同じ思いだった。

 何度もこの手に抱いたあの子を、寒空の中に放り出すなんて、とても出来ない。

「私も……作り話を、すんなりと信じた訳ではありません。彼女は旦那様から頂いたという、家紋入りの手紙を持っていました。あれはどのように手に入れたのでしょうか?」