くるりと周囲を見回す佐村。
 それにつられるように周囲を見回せば、見慣れた小さな公園が映った。
 実はよく散歩にくるこの公園は、俺にとって見慣れたものだったが……。

「……もしかしてお前……アイツか? 女顔過ぎて、みんなに可愛い可愛い言われるのが苦痛だってほざいてたヤツ……」

 そう。
 一年ほど前にこの公園で出会った少年は、美少女と見間違わんばかりのご尊顔の持ち主だった。
 くるりとした大きな目と淡い桜色の唇、全体的に小づくりな面立ちとさらさらとしたショートボブくらいの長さの金髪が、この辺りじゃ滅多に見ない美少女を華やかに彩っていた。
 俺と大して変わらない身長と相まって完全に女性だと思っていたから、向こうから声をかけられた時はビビったものだ。
 そりゃそうだろう。高校デビューに失敗した陰キャボッチに普段女性と接する機会などあるはずもない。
 滅多に見ない美少女に声をかけられたら、背後から恐いおにいさんが出てくるんじゃないかときょろきょろしてしまうのも致し方ないだろう。
 そんな挙動不審な俺に、意外とハスキーな声で女顔で老若男女問わずモテ過ぎて悩んでるという、人によっては喧嘩売ってんのかって悩みをぶちまけてきたわけだが……。
 そこで男だと知ったわけだが。

「そうですよ。あぁ、改めて。あの時は相談にのっていただきありがとうございました」

「いや、まぁ、うん。どうも……。って成長し過ぎじゃねぇ?!」

 もはや美少女の面影など微塵もない。
 変わらなかったはずの視線の高さははるか上、華奢だった身体は均整の取れた筋肉に覆われている。

「同一人物だってわかるかよっ!」

 全力でツッコミを入れた俺は悪くないと思う。

「やー、あの後すぐに成長期が来まして……。受験だっつーのにあちこち痛くて大変でした」

 そりゃ、そこまで一気に伸びれば関節だって悲鳴をあげるだろうなぁと変なところに納得しつつ、未だ呑み込めない事実を無理やりに吞み込んだ。
 が、それとこれと、佐村が俺を好きだって話は全く別物だ。

「いや、確かにあん時相談に乗ったけど……。俺結局話を聞くことしかしてねぇよな? そんな恩に着ることなんてあったか? つか、それでお、お、俺を好きとかどうしてそうなるんだ? って話なんだが……?」

 そうそれ。
 そこが上手く繋がらない。つかますます訳が分からん。自慢じゃないが、たいしたアドバイスなどした記憶もない。

「まぁ、話を聞いてくれただけでありがたかったんですけど……。まぁ、ぶっちゃけあん時の俺、美少女だったじゃないですか」

「そりゃ……まぁ」

 それはそうだなとしか言えない美少女っぷりであったことは確かだ。

「だけど、急に話しかけてきた美少女に鼻の下伸ばすわけでもなく、邪な気持ちを抱くわけでもなく、ただ真摯に話を聞いてくれたのが嬉しかったんです。
 そんなこと? って思うかもしれませんが、あの頃の俺は……そんなことすら厳しかったんっすよ」

 はにかんで笑う佐村に、同情めいた気持ちが沸き上がる。
 しかも、成長して面差しが変わっても、今度はイケメンやらなんやらと持ち上げられて人に囲まれて……。
 ずっと苦労してきたんだろう。

 じっと佐村の顔を見つめる。
 あの時の美少女の面影はないが、しゅっと通った鼻筋とか形の良い目とか、濡れたような輝きを放つ瞳とか。
 まぁ、イケメンだな。うん。
 黒い瞳にじっと見つめられて、どきりと鼓動が跳ねた……気がした。

「美少女の俺にも、イケメンとか持ち上げられる俺にも、なんの興味を示さないアンタに……ムカついたんですよ」

「一気に不穏になったなっ!」

 え? 何? 俺、佐村に嫌われてたん?!

「そうですか? 高校に行ったらまっすぐアンタに会いに行ったのに、アンタは俺に気づくこともなく通り過ぎていった……」

「いや、そんだけ様変わりすれば気付かなくねぇ?!」

 それはそうなんですが……。って見た目が変わってる自覚あるんじゃねぇかっ!
 
「なんとか、アンタの視界に映りたくて頑張ってたのに、アンタはいつもこっちを見ない。どうでもいい連中は俺を見るのに、アンタはちっともこっちを見ない。それが最初はムカついてるだけだと思ったんですが……」

 これ、やっぱ俺、嫌われてるよな?

「俺がアンタの目に映りたいんだって気づいた時、あぁ、好きなんだなって思ったんですよ。アンタの興味を引きたい。アンタの視界に映りたい。一人で飄々としてるアンタの世界に入り込みたい……。そう思っちゃったんです」

「お、おぅ……」

「なんとか距離を近づけたくて、アンタの視界に映りたくて……。アンタの教室を覗いたら無防備に寝てるんだもん。チャンスだって……思っちゃったんですよね」

「お、おおぅ……」

 な、なんか……。陽キャな見た目とずいぶん違うナ? なんだこれ……。
 つか、どんどん距離が縮まってるのは気のせいか?

 いつのまにか俺の腰に相手の腕が回ってるのは気のせい……じゃないな?!

「いや待て! 落ち着け佐村!」

「……昴流」

「ん?」

「昴流です」

「いや知ってるが? てか顔近い近い!」

 ぐいぐいと近づいてくるご尊顔を両手でガードしようとするも、すり抜けられる。
 気づけば俺の両手は後ろ手になって、腰のあたりで拘束されていた。佐村の片手だけで……。
 
「いや待て! 落ち着け佐村!」

「だから昴流ですって」

 鼻先が触れ合いそうな距離になって、やっと相手の望みが呑み込めた。
 
「わ、わかったから落ち着け昴流……っ?!」

 ちゃんと相手の望みを叶えたはずなのに、もたらされたのは相手の唇だった。
 ファーストキス? 当たり前だろう?! 陰キャ舐めんなっ!

「ちょっ!? んぅ?! ま、まて……んぅ?! すば、すばる! 待て!」

「……仕方ないですね」

「いやなんでお前が偉そうなんだよ。人のファーストキス奪っておいて……って微笑むなはにかむな嬉しそうにすんなぁ!」

 ぐいぐいと再び顔を近づけてきた昴流の拘束からなんとか抜け出す。
 友人らしい距離に落ち着いた頃には俺は肩で息をする有様だった。もちろん昴流は呼吸一つ乱れていない。

「へへ。センパイのファーストキス……」

「噛みしめんなぁ!!」

 不本意だと言わんばかりの叫び声をあげている俺だが、昴流に負けず劣らず頬が熱い時点でお察しってものだ。
 それは向こうも理解(わか)っているのだろう。
 汗ばんでいる俺の手をとって、にこやかに微笑んで宣った。
 
「じゃ、これから俺がセンパイの彼氏ってことで! よろしくお願いしますね!」

「いや待て。ちょっと待て! 落ち着けって!」

「何ですか? 俺のファーストキス奪っておいて断るんですか?」

「俺だってそうだったわっ! つか、お前がファースト?! 冗談は……」

「え? 当たり前じゃないですか?」

 きょとんと首を傾げる昴流に美少女時代の面影が重なる。つか、目の前のイケメンが可愛く見えてきたなんて……。
 俺、チョロ過ぎじゃないか?!

「センパイはそれでいーんですよ」

「だから俺の心を読むんじゃねぇよ!」

 センパイがわかりやすいだけですって宣う昴流にローキックをかましながら、それでも昴流に握られた手は振りほどかなかった。……振りほどけなかった。

 それが……俺の本心なんだろう。
 口ではなんだかんだ言いつつ、どこか惹かれていた。それがたった一つの真実なんだから。

「まぁ、これからよろしくな」

 そう答えてしまう俺は、我ながらチョロい。
 だけど……俺の答えに満面の笑みを浮かべた昴流を見て、まぁいいかと思ってしまったんだから仕方ない。

 見上げた空には、明るい星が一つ輝いていた。