「ばんわー。Kooだよー。今日はなにしようねー? ん? テンション低い? そんなことねぇぞ? 元気元気! おん? カラ元気乙ぅ? ひっでぇな。まぁ悩める青少年ですからね。そんな日もあらぁな」

 今日も今日とて雑談配信になりそうな気配だが、同接している常連たちはあんまり気にしてないらしい。
 なんとなくコメントを拾いながら雑談していると、そこそこ時間は過ぎていった。

「んじゃ今日はこの辺でー。みんなも寝ろー。んじゃまたなー」

 ポチっと配信を切れば、スマホの画面は真っ暗になった。
 配信用アプリを落とそうと手を伸ばすと、Kooとして動かしているSNSのアカウントにDMの通知が来ていた。

「ん? 誰……? あ、ペネトレイトさんか」

 開いてみれば、それは常連の視聴者でもあるペネトレイトさんだった。
 そう言えば今日はコメントを残していなかったなと思いながらDMを開く。
 そこに書かれていたのは……。

『どうしても仲良くなりたいんです。……ダメですか?』

「……ダメですかって……なぁ」

 スマホの画面の上を、意味もなく俺の親指が彷徨う。

 ペネトレイト。
 興味本位で調べたその言葉の意味はバスケ用語の一つだった。
 敵方のディフェンスを突き崩しながら攻撃するプレイヤーのことで、ウチの学校のバスケ部はそのポジションにいるプレイヤーが優秀なことで有名だった。
 本来であれば、上級生が選ばれるであろうそのポジションに入学早々選ばれ、誰も文句をつけることができなかった優秀なプレイヤー。
 その生徒の名前は……。

◇ ◇ ◇

「……センパイ?」

 でけぇ図体をちっこくして、おずおずといった表現がぴったりな様子で俺に声をかけてきたのは……。
 言わずもがな佐村だった。

「……はよ」

 結局ペネトレイトさんに返事をすることができなかった俺は、なんとなく気まずく思って視線を泳がせる。
 そんな俺の態度に思うところあったのか、顔色を悪くする佐村。

「あの……」

「……とりあえず、話は聞くから……。昼休みな」

 それだけ言い捨ててくるりと佐村に背を向ける。

「……は、はいっ!」

 妙に嬉しそうな声が俺の背中に突き刺さった。
 ついでに好奇心にあふれまくった周囲からの視線も、負の感情が込められた視線も。
 俺の背中に突き刺さっていた。

 
「ねぇ? アタシの忠告が聞けないわけぇ?」

 昼休み。
 屋上へと向かう階段に足をかけた俺に剣呑な声をかけてきたのは……案の定高松だった。
 めんどくせぇなぁと思いながらも、無視すると余計メンドくさくなるのは目に見えていたので振り返って相対すれば、学校一の美女という評判を台無しにしかねない剣呑な表情を浮かべた高松が俺を睨みつけていた。
 
「……」

 めんどくせぇなぁと思ってるのを隠さないで肩を竦める。
 我ながらクソみたいな態度だが、俺がいちいち高松のいうことに従う義理もない。
 何せ相手は友人でも何でもないんだからな。

「ねぇ? 親切で言ってあげてんだけどぉ? アンタみたいな陰キャ、昴流の側にいていい訳ないじゃん? そんなのもわかんないわけぇ?」

 いちいちだるい喋り方すんなぁと呆れて見ていると、そんな気持ちが通じてしまったのか、高松の眉がギリリと上がっていく。

「なぁ! 聞けよっ! お前邪魔なんだよっ!」

「そう言われてもなぁ。別に俺からアイツに近づいたわけじゃねぇんだよ」

「はぁ? 何言ってんの? じゃあ何? 昴流のほうからアンタに近づいたってわけ? んなことある訳ないじゃん! 嘘つくならもっとましなこといいなよ」

 そう言われてもなぁ。
 高松が割って入った時だって、声をかけてきたのは向こうからだったしなぁ。
 ……まぁ、そんな正論。目の前の人物には伝わらなさそうだ。

「嘘はついてねぇよ。つか、佐村が誰とどうなろうが、お前になんかかんけーあんの?」

 俺の言葉に、高松の顔が歪む。
 高松が佐村の恋人になろうとモーションかけてすげなく袖にされてることは、この学校では有名な話だった。
 ついでに他の女を近づけない為に高松が睨みを聞かせていることも。

「うるっさいわね! この陰キャっ!」

 陰キャは純然たる事実だし、むしろ高松の語彙力のなさが心配になる。
 いちおうこの学校、進学校なんだがな?

「ガタガタ言わずに昴流の前から姿を消しなさいよっ! アンタみたいな陰キャ、昴流に相応しくないのよっ!」

「だとよ。俺、めんどくさいの嫌いだから、姿消していいか?」

 俺の(いら)えは高松……ではなく、高松の後ろにいた佐村に届いたようだった。
 
「いやですだめですそんなのおことわりですだいたいなんでおれのこうゆうかんけいにかんけいないひとがくちだすんですかいみわかんねぇまじでやめてほしいんで……」

「いや落ち着けって」

 初期のAIみたいな抑揚のない平坦な声でブツブツ言ってる佐村に、明らかに高松が引いた表情を浮かべたが、なんとか立て直したらしい。
 佐村に近づいてその腕にしがみつく。敢えてボタンを外して胸元が開いているシャツも身長差ゆえの上目遣いも、すべてが媚態に見えてしまうのは俺の穿ち過ぎだろうか。

「ね、ねぇ! でも! こんな陰キャ昴流には相応しくないって! ねぇってばっ! ちょ?!」

 ぐいと高松を押しのける佐村。
 それでもあまり力を込めていないのは、女性を気遣ってか、実はまんざらでもないのか……。

「ちがいますからね?」

 ぐんぐんと俺との距離を縮めてくる佐村。
 つか、でけぇから圧迫感スゲェよ。ついでに俺のココロを読むなよ。

「昴流っ?!」

「……あの、どなたか存じませんが……。たぶん先輩なのでしょうが、知らない人に触られるのも名前を呼び捨てにされるのも好きじゃないんです。止めてくれますか?」

 きっつ!
 そう思ったのは俺だけじゃないらしい。
 俺たちの様子をチラチラと窺っていた周囲も一歩引いていた。

「え……? 昴流、わたしのこと……知ってるよね?」

「いいえ? 俺、基本バスケ部のメンバーとクラスメイトの顔しか覚えてないんで」

 うわぁ……。
 周囲の人間がさらに一歩引いた。むしろ俺もそっち側に行きたい。

「え……? じゃ、じゃあ! わたしのこと……彼女にして!」

 うわぁ……。
 今度は高松の発言に周囲が引いた。もちろん俺も引いた。
 今まで認識されていなかった相手にこんな公衆の面前で告るとか、メンタル鬼つえぇ。
 しかも断られる可能性を微塵も考えていない表情が怖い。絶対受け入れられるという確信がその表情から伺えた。
 すげぇ、陽キャってここまでメンタル強いのか……。
 やっぱ俺にはなれない人種だ。

「え、無理です。今、俺、光輝センパイ口説いてる途中なんで。つーわけで邪魔しないでもらえますか?」

「え?」

「は?」

「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」

 昼休みで騒めいていた校舎に、阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。