「セーンパイ! おはようございます」

「……はよ」

 相も変わらずキラキラしたイケメンぷりを周囲に振りまきながら俺に朝の挨拶をかましたのは、言わずもがな佐村だった。
 昨日の配信をなんとなく思い出して、ふとコイツも昨日の配信を聞いていたのだろうかと思った。
 
「……なぁ」

「なんですか? センパイから話しかけてくれるなんて珍しいですね!」

 ニコニコと微笑む佐村になんとなく罪悪感を抱きながら、口を開こうとしたその瞬間。

「昴流ー! おはようっ! ね! 一緒に教室行こっ!」

 俺の身体をぐぃと押しのけるようにして佐村の前に姿を現したのは高松だった。
 地味に脇に入った高松の肘が痛い。

「あ、いや、俺はセンパイと……」

 急に現れた高松に腕をとられ、呆気にとられている佐村にひらりと手を振る。
 俺を引き留めようとする佐村に絡みつく高松。つか、学年違うのに一緒に教室行く意味あんのか?
 そんなことを徒然と考えつつ、俺は自分の教室に向かうのだった。

 ……向かうはずだった。

「ちょっとセンパイ! 置いてかないでください!」

 痛くはないが強い意志を感じる力加減で肩を掴まれた。
 振り仰げば少し焦った佐村の顔。
 ……いやなんでこっち来るんだよ?
 恐る恐る佐村の後ろを見れば、佐村に置いて行かれた高松が般若のような形相で俺を睨みつけていた。
 いやなんでだよ。
 俺、悪くなくねぇ?
 あれぜってぇ高松にまたなんか言われるヤツじゃん。
 ……俺の平穏なボッチ生活が音を立てて崩れていく。
 
「……んだよ」

 少しだけ不機嫌になってしまうのも致し方ないだろう。
 だって明らかに面倒ごとに発展してしまったのだから。
 高松の睨みつける視線以外にも、好奇の視線がいくつも俺たちに降り注ぐ。

「いや、センパイが俺に聞きたいこと、あったんですよね?」

 俺から話しかけたのがそんなに嬉しかったのか、佐村の笑顔が輝いて見える。
 だけど、今の状況はそれすら悪手だ。

「センパイ?」
 
 改めて問われて、少しだけ間が開いてしまう。
 俺は何を……。あぁ、そうだ。

「お前、昨日の配信聞いてた?」

「もちろん! ちゃんと同接してましたし、コメントも……」

「だったらさぁ」

 少しだけ声に剣が乗る。
 グサグサと刺さる視線が痛い。視線に物理的な力なんてないはずなのに。

Koo()のコメントもちゃんと聞いてたんだろう? なのになんで……。ちっ。もう行くわ」

 昨日の言葉はあくまでもペネトレイトさんに伝えたものだ。
 コイツが話しかけてくることによって俺の身に何が起きるかなんて、コイツが知る由もない。
 だから……。
 俺がペネトレイトさんに向けた言葉をコイツが自分のこととして認識するはずもない。

 ただ。今。
 好奇の視線が突き刺さるこの状況が、俺にとって喜ばしくないってだけだ。
 俺の無言の拒絶を感じたのか、佐村の手から力が抜ける。
 彷徨うように動いた指先を無視して、俺はその場を後にした。

 引き留める声は、もう聞こえてこなかった。