「セーンパイ」

「うひぃ?!」

 ボッチ人間のお約束通り、屋上へと続く階段の上でボッチ飯を極めていた俺に声をかけてきた人物がいた。
 それはもちろん……。

「さ、佐村……」

「やだなぁ。昴流って呼んでくださいよ。俺とセンパイの仲じゃないですかっ!」

 いやどんな仲だよっ! 俺とお前はちょっと言葉を交わしただけの高校の先輩後輩でしかないんだからなっ!

「いや……さむ……」

「昴流」

「だからさむ……」

「昴流ですよ? センパイ? あんまり聞き分けないと、校内放送でセンパイがゲーム配信者のKooだってバラしますよ?」

「……勘弁してくれ」

 別にバラされても……いや影で色々言われるか? あの陰キャ、ネット上ではイキってんだぜプークスみたいな?
 それはちょっと面倒くさいな。
 そんなことを考えながら目の前の男を見上げる。
 高校一年生にして185センチを超える長身と、柔らかな日の光のような金髪。整った顔立ちは女子だけでなく一部男子の心もときめかせているらしい。
 人当たりが良く、女生徒を侍らしてるチャラい人間に見えるが、それは向こうが勝手に引っ付いているだけらしい。
 だからといって特定の相手がいるわけでもないそうだ。お互いに不可侵、というか崇拝されるアイドルとそのファンみたいな見えない境界があると言ってたのは、俺の隣の席に座る女子だっただろうか。
 ……もちろん俺がその女子と話したわけではない。他のクラスメイトと話している内容が勝手に耳に入ってきただけだ。

 まぁ、俺のボッチ生活は兎も角。

 人当たりは良いがどこか一線を引いてるイケメン。それが目の前の男だった。
 そんな男が俺を見つけると声をかけてくる。
 そんな状況が人目を引かないはずもなく。
 俺の選択制ボッチ生活は風前の灯火を迎えていた。主に目の前のこの男のせいで。

「……つか、Kooのファンなのはわかったから、いちいち()に絡んでくるなよ」

「だって、アンタがKooじゃないですか」

「そう言ってもだなぁ」

 ゲーム配信者のKooはあくまでネット上の存在であって、人気(ひとけ)のない階段でボッチ飯を極めている俺とは鏡の向こうとこちら側というか……まぁ、なんつーか違うのだ。
 現実の俺はできれば面倒くさいことはしたくないし、目立ちたくもない。
 なのにこいつが……っ!

「……はぁ」

「ひっで! ため息つくことないじゃないですかぁ」

 何も言ってないのに俺の隣に腰を下ろすイケメン。
 ……座ったら目線が変わらないってどういうことだよっ! 足か! 身長差は全部足の長さの違いなのかっ?!

 窮屈そうに折りたたまれている昴流の足を眺めて、もう一度深々とため息を吐く。

「ホントに……。俺に絡んで何が楽しいんだか……」

「楽しいですよ?」

 ニコリと微笑まれ、二の句が継げなくなる。
 ……全くもって意味がわからない。

「……そうか」

 だから俺は諦めた。
 ぽつぽつとくだらない内容を喋りながら、食事をするその時間は……意外と悪くなかったなんて思いながら。
 どうしてそう思うかなんて、自分でもよくわからなかった。

◇ ◇ ◇

「ねーぇ? 松雪クンって、昴流と仲いいのぉ?」

 今日も今日とてボッチを極め、自分の机で惰眠を貪っていると、俺の安寧な生活を侵害する声が聞こえてきた。
 さすがに無視するわけにも……と思って身を起こしたが、よく考えたら寝ている人間に躊躇せず声をかけてくるとかこぇぇな!
 自分が声をかければ誰でも対応してくれると思っている傲慢さが僅かに感じとれてしまった。
 もしかしたらそれは極みボッチの被害妄想かもしれないが、それだけの強制力が感じられる。

 そして顔を上げた先にいたのは、あぁ彼女なら仕方ないなと思えてしまう人物だった。

「……えっと、なんですか……ね?」

「んんー? だからぁ、松雪クンって、昴流と仲いいの?」

 よく話してるよね? と確信を込めて言い切られ、俺は視線を泳がした。
 いちおうアイツも自分が耳目を集めるタイプで、俺が生身では人の興味を引きたくないと思っているのを汲んでくれているらしく、人目があるところでは絡んでこない。
 だが、目の前の女生徒は、どこかで見たのか聞いたのか。
 俺と昴流が話していることを知っているらしい。

 にこやかに微笑んでいるが、こげ茶色のサークルレンズで強調された瞳の奥は笑っていない。
 なんでお前みたいな陰キャボッチが昴流と話しているのか……と如実に不信感を、怒りを募らせていた。
 そんな感情を内包した相手に対して不条理だと思いつつ、これが格差というやつなのだろう。
 相手はカーストトップもトップ。学校一モテると噂の、ついでに昴流をオトすと断言していると噂の高松(たかまつ)果南(かな)なんだから。
 向こうからしてみれば、自分が狙っている男が得体の知れない陰キャと繋がりを持っているという事実すら不要で不快で気に食わないのだろう。
 そんな汚点など昴流に近づける訳にはいかないという、歪んだ正義感すら感じる。

 なんて考えるのは穿ち過ぎだろうか? 俺の被害妄想に過ぎないのだろうが。

 だが残念なことに、穿ち過ぎでも被害妄想でもなかったようだ。

 すぅと高松の顔が俺に近づいてくる。
 確かに顔のパーツは整っているが、高校生にしてはバチバチに施された化粧に、色々と察せられるものがあった。
 薄紅色の艶めきに染められた唇が歪む。
 そこから吐き出された言葉は……お綺麗なものとは程遠かった。

「……アンタみたいな陰キャ、昴流の側にいていいと思ってんの? 陰キャは大人しくトイレで臭い飯でも食ってな」

 にたりと微笑んだ高松の顔は、どこか歪んで見えた。