僕が通う西黒沢中学校は、自然に囲まれた山間にある。
かつては人が多くて活気のあった西黒沢と呼ばれる集落だが、今ではその面影がほとんどなくなった。
元々町だったこの場所が、市町村合併で市になってから、多くの人が市の中心地へと引っ越していった。
その理由を僕は知らないけれど、そのせいで多くの同級生と別れを告げることになった。中学入学時と比べると、同級生は3分の1になった。
「おーい、和政! みんなでサッカーしようぜ!」
「……え?」
僕はいつの間にかボーっとしていたらしい。
窓際にある自分の席に座って、頬杖をついていた。何をしていたのか、何を考えていたのかわからないけれど、誰かが呼んだ僕の名前で意識が戻ってくる。
「和政、5対5でサッカーするんだよ~! お前が来なきゃ始まんないから、早く~!」
「あ、うん、わかった」
開いた窓から心地よい風が入ってくる。
その風に背を向けた瞬間、なんだか懐かしいと思える記憶が蘇ってきた。でもそれが何かわからない。
軋む床。建付けの悪い扉。ギシギシと音を立てながら、廊下に出る。
木枠の窓から見える大きな木。
廊下を小走りすれば、同じくギシギシと音を立てる。
木でできた西黒沢中学校が、僕は大好きだった。
「おっせーよー、和政~」
「ごめんって」
グラウンドに出ると、3年1組のみんなが僕に向かって手を振っていた。
男子6人、女子3人。そして僕。
休み時間でもみんなで何かして遊ぶのが、僕たちの学年の〝あたりまえ〟だ。
「ほら~、クロも怒ってるぞ~!」
学級委員の春太に抱っこされているクロは、目を閉じて大きなあくびをした。まったく怒っている様子のないクロが面白くて、つい吹き出す。
「じゃあ今回も、クロが審判な! オレらはグッパーでチーム分けしようぜ!」
今度は大食いの健作が拳を高く上げて、「せーの!」と掛け声を上げた。
グッとパーでわかれましょ。
綺麗に5と5に分かれた事実が嬉しくて、みんなが「おーすげー!!」と歓声を上げる。
春太はグラウンドに置かれた朝礼台にクロを座らせ、地面に置かれていたサッカーボールを一蹴りする。すると背後から「俺も仲間に入れろ~」と声が聞こえてきた。
ネクタイを緩めながら小走りで近づいてきた声の主は、担任の坂本先生だ。
先生の登場に、クラスの熱気もさらに高まる。
「よ~し、最初は女子が多い方のチームに入っちゃうぞ」
「えー、先生入るのずるーい!!」
「1回戦が終わったら、今度そっち入るからな」
「おっしゃー!」
グラウンドの中心でリフティングをしていた明菜は、ニッと笑って先生の方にボールを強く蹴った。男子顔負けの運動能力に、誰もが憧れを抱く。
「こらー、明菜! 急にボールを蹴らないこと!」
「せんせーなら余裕で取れるじゃろ!」
「余裕じゃけど、急だと危ないって言うとるんよっ!」
先生は明菜から飛んできたボールを右足で受け止め、そのままゴールに向かってボールを蹴り飛ばす。
ドンッと鈍い音と共に弧を描いたボールは、すこし離れたゴールに吸い込まれていった。
「さっすが、坂本先生!」
「ふははははは、かつて県体出場した俺を舐めないことだなっ! じゃなくて、はよ始めんと昼休み終わるぞ!?」
「そうじゃった!」
「よし、始めよう! クロは審判お願いな!」
「……にゃーん」
朝礼台の上で丸くなっているクロは、太陽の光が心地よいのか、うつらうつらとしていた。
夏の暑さも和らぎ、過ごしやすい気候の秋。
ボールの弾む音と笑い声が混ざって、山に吸い込まれていく。
遠くでカラスが鳴いた。
ゆっくりと、時間が流れていた。



