夜明け前のロンドンは、霧が深く、世界の輪郭をぼやかしていた。
その中を、一人の少女が静かに歩いていた。
美月――その瞳には、決意と恐怖が同居していた。
ワトソンの寝顔を見つめながら、心の中で何度も謝った。
(ごめんなさい、ワトソンさん……あなたを巻き込みたくないの)
ナフキンの裏に記された“続き”――そこにはこう書かれていた。
『付き人が一緒に来た場合、彼も殺傷対象とする。』
その一文を見たとき、美月の中で何かが決まった。
これは自分の問題だ。
ホームズを助けたい。
そのためなら、自分が危険な目に遭っても構わない。
朝焼けが、街の石畳をかすかに照らす。
駅の時計台の針は、まだ午前九時を指していた。
息を白く吐きながら、美月は歩き続けた。



