ジャックザリッパーの逮捕から数日。
 ロンドンの街は久しぶりに穏やかな朝を迎えていた。


 けれど、美月の心はまったく落ち着いていなかった。



 ジャックザリッパーが最後に残した言葉――


 “あの方は、まだお前をあきらめていない”


 その言葉の意味を、美月は考え続けていた。
 そしてついに、ひとつの恐ろしい答えにたどり着く。






“あの御方”――それは、モリアーティ教授。



 ホームズの最大の宿敵。
 犯罪界のナポレオンと呼ばれる、知略と冷酷を兼ね備えた天才犯罪者。



 彼は、表向きは数学教授。
 しかし裏では、ロンドン中の犯罪を統べる巨大な闇組織を操っている。



 ――そして、いずれホームズと死闘を繰り広げる男。



その運命を知っているのは、この時代では美月だけだった。




 (ホームズさんが……もしあの滝で、モリアーティと……)



 考えるだけで、胸が締めつけられる。

 未来を知る自分にしかできないことがある――でも、未来を変えてしまうかもしれない恐怖もあった。