「……馬鹿野郎!」
低い声が落ちた。
ハドスン夫人もワトソンも、その一言に息を呑む。
「何故、一人でそんな場所へ行った?!」
「わ、私……おばあさんが困っていて……」
「“困っていた”なら、君が危険に晒されてもいいのか!!」
怒鳴るような声に、美月の胸が痛んだ。
唇を震わせ、ただ「ごめんなさい…」としか言えない。
ホームズは、しばらくその場で黙っていた。
次の瞬間――。
ふいに、美月の肩を引き寄せた。
「――っ!?」
美月の顔が、ホームズの胸に押し付けられた。
湿ったコートの匂い、紅茶と煙草の混じったような温もり。
その腕は、思いのほか強く、美月の身体を包み込んでいた。
「……もう二度と、勝手な真似はするなっ…。」
その声は震えていた。
怒っているのでも、叱っているのでもない――ただ、怖かったのだ。
ホームズにとって、彼女を失うことが。



