外は、まだ小雨が降っていた。


 ロンドンの石畳は濡れ、ガス灯の光をぼんやりと反射している。
 その光の中、馬車が勢いよく通りを走り抜けた。



「ホームズ、急げ!!」



 ワトソンの声が響く。
 その隣で、ホームズは無言のまま前を見据えていた。
 顎を引き、指先が膝の上でぎゅっと握られている。



 ――“美月が襲われた”




その知らせを聞いた瞬間、ホームズは椅子を蹴って立ち上がっていた。
 冷静沈着な彼にしては、珍しいほどの焦りだった。




馬車が止まり、二人が降り立った場所には、すでに十数人の警官が集まっていた。
 ハドスン夫人が心配そうに毛布をかけ、美月の肩をさすっている。



「美月っ!」



 ワトソンが駆け寄ると、美月ははっと顔を上げた。
 顔色は青白く、髪はまだ濡れたままだ。



 その後ろから、ホームズが現れる。
 帽子の影に隠れた表情は険しく、冷たい。