翌朝のベーカー街は、しっとりとした霧に包まれていた。
 朝食の香りと、遠くから聞こえる馬車の音。
 いつも通りの静かな朝――のはずだった。



 テーブルに座る美月の前で、ホームズが淡々と新聞をめくりながら言った。



「ワトソンから聞いたぞ。昨日のオペラは、さぞ楽しかったらしいな?」



「ええ! すごかったですよ! アイリーン・アドラーの歌声、もう……心が震えるくらいで――」


 嬉しそうに話す美月に、ホームズは少しだけ口角を上げて言った。




「そうか。未来への土産にでもなったんじゃないか?」


 ――一瞬、空気が止まった。


「……え?」


 美月の笑顔が、ゆっくりと消える。