ハドスン夫人が微笑んで言った。
「最近元気がないわねぇ、美月。」
「えっ? そ、そんなこと……ないですよ?」
美月は笑ってみせるが、ティーカップの持つ手が少し震えた。
「恋の悩みかい?」
「っ!?」
図星を突かれて、紅茶を少し吹きそうになる。
ハドスン夫人は、優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、美月。人を好きになることは、悪いことじゃないわ。」
「……でも。私、いつか未来に帰らなきゃいけないんです。」
「それでも、今この瞬間に心が動いているなら――その気持ちは本物さ。」
美月の目に涙がにじむ。
未来と過去の狭間で、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
でも、その涙は少しだけ、あたたかかった。
ーその夜。
221Bの窓辺で、美月は小さく呟いた。
「ねぇ、ホームズさん。
あなたは、アイリーンのことを“事件”って呼ぶけど……
私にとっては、“恋”って呼ぶんですよ。」
霧の向こうから、微かなヴァイオリンの音が聞こえた。
どこか切なく、でも優しい旋律だった。



