夕方。



 霧の中を馬車が走る。

「うわぁ……本物の馬車って、こんなに揺れるんですね!」

「慣れれば心地いいものだよ。」

 ワトソンが穏やかに微笑む。




 ロイヤル・オペラ・ハウスの前に着くと、金の装飾とシャンデリアが眩しく輝いていた。

 観客たちのドレスや燕尾服が行き交い、まるで夢の中のようだった。

 美月はため息をもらす。


「うそみたい……ほんとに、ロンドンの世界に来ちゃったんだなぁ……。」

「はは、今さら気付いたのかい?」

「うるさいですっ。」



 二人のやり取りに、周りの紳士淑女たちがちらりと視線を向ける。


 美月は慌てて姿勢を正した。

「す、すみません! こっちの人って、ほんと静かに観るんですね!」

 ワトソンが小声で笑った。


「その“こっちの人”という言い方、やっぱり少し変わってるね。」