「……ホームズさん。」


「なんだ。」


「ホームズさんって、やっぱり"本物"なんですね。」

 ホームズは一瞬、眉をひそめた。

「ほう。どういう意味だ?」

「わたし、あなたが本に出てくる人だって思ってたんです。
 でも、事件を見て……ああ、やっぱり“生きてる”んだなって。」




「ふむ。つまり、私は未来の書物の登場人物というわけか。」


「え、あ、えっと……言葉のあやです!」


ホームズがふっと口角を上げる。


「なるほど、それが君の“未来の流行っている理論”というやつか。」


「な!違います! バカにしてるでしょ!」

「からかっただけだ。」



 ホームズが珍しく声を立てて笑った。


 その笑い声が、馬車の中にやさしく響いた。
 いつも無機質な彼の声が、こんなに柔らかいなんて――。




 私は思わず顔を赤くして、窓の外を見た。

 霧の向こうで、ほんの少しだけ朝日が覗いていた。