デヴォンシャーの荒野。
見渡す限り、草と霧と、風の音だけ。
世界が灰色に染まり、太陽さえ見えない。
ワトソンがヘンリー卿の護衛として館に残ることになり、
ホームズと私は、別行動で調査に出た。
「この辺りでは、夜になると遠吠えが聞こえるそうです。」
「迷信だ。夜の風が岩肌を鳴らしているだけだ。」
「でも……」
「だが、証拠は確かにある。足跡、焦げ跡、そして――恐怖だ。」
ホームズの瞳が、荒野の奥を射抜く。
その横顔を見つめながら、私は思った。
この人の世界には“恐れ”が存在しない。
だからこそ、彼の孤独は深い。
私はそっと、ホームズの袖を掴んだ。
「……私、ちゃんとついていきますから。」
ホームズが驚いたようにこちらを見る。
「子供は帰れと言ったはずだ。」
「子供じゃありません。」
「なら、離れるな。」
その声に、胸が跳ねた。
優しさと命令のちょうど中間。
――それが、ホームズらしい。



