――翌日。
デヴォンシャーの荒野へ向かう馬車の中で、
私は窓の外の景色に目を奪われていた。
霧が低く流れ、丘の向こうに黒い犬の影が見えた気がした。
けれど、それは風に揺れる木々の影だったのかもしれない。
「怖いのか?」
横を見ると、ホームズが前を向いたまま尋ねた。
表情は相変わらず冷静なのに、声が少しだけ柔らかかった。
「いえ……でも、ちょっと緊張してます。」
「当然だ。未知のものを前にして恐れぬ者は、無知か狂気のどちらかだ。」
「じゃあ、私はちゃんと人間ですね。」
「……どうやらそのようだな。」
ホームズの唇が、少しだけ笑った。
その笑みを見た瞬間、胸が痛いほど高鳴った。



