――霧のロンドン。


 その朝、ベイカー街の窓を開けると、世界がすべて乳白色に包まれていた。

 どこかで鐘が鳴り、街のざわめきが遠くにぼやけている。

 私は、ホームズとワトソンの話し声を、
 階段の影から、こっそりと聞いていた。


 「……デヴォンシャーの荒野だと?」


「そうだ。モーティマー医師からの依頼でね。」

 ワトソンの声が低く響く。

 その手には、見覚えのある名前が記された手紙――


 “バスカヴィル家”の文字。


 ――えっ、それって……!

 心臓が、どくん、と鳴る。

 私が、前の世界で何度も読んだあの小説。

 ホームズシリーズの中でも特に有名な――
 『バスカヴィル家の犬』。