階下へ戻る途中、ワトソンがふと囁いた。
「彼、嫉妬しているんじゃないか?」
「……え?」
「見たか?僕が美月に少し近づいただけで、あの目だ。」
ワトソンが笑う。
その優しい笑いに、また胸がざわつく。
でも――私の頭の中には、
冷たい灰色の瞳をした探偵の顔が、ずっと残っていた。
夜、ベイカー街に霧が降りた。
ホームズの部屋からは、またヴァイオリンの音が流れている。
"G線上のアリア"
切なくて、少しだけ甘い旋律。
その音を聞きながら、私は紅茶のカップを両手で包んだ。
――ホームズさん。
あなたはきっと、ほんとは優しい人なんですよね。
私、ちょっとずつ、それがわかってきました。
そして、胸の奥で小さな呟きが生まれる。
“推理より難しいものって、たぶん恋だと思う。”



