美月はこんなに近くで、男の人に囁かれるのが人生で初めてだった。



 声の振動が、耳の奥でまだ残っている。




 「……そ、、そうなんですね……」




 なんとか答えると、ワトソンがくすっと笑った。


 その笑顔がやたらと優しくて、心の奥がざわつく。


 ちらりと見ると、ホームズが書類をめくる手を止めていた。


 無言で、紅茶のカップを持ち上げる。

 だが、その目がどこか険しい。






「ティーが……冷めた。」


「え?」


「美月、もう一度ポットの水を淹れ直してきてくれ。」



「え、あ……はい……」





 ホームズの声は静かだけど、少しだけ刺があった。

 でも私は気づかないふりをして立ち上がった。

 ティーポットを持って階段を降りる。

 後ろで、ワトソンの笑いをこらえる声が聞こえた。