ホームズの部屋は、いつも本と資料で埋まっている。
でも、今日の空気はどこか柔らかかった。
彼はソファに腰をかけ、分厚い書類を片手にしていた。
「おや、君も来たのか。」
「ワトソンさんに誘われて……お邪魔でしたか?」
「……いや。」
短い返事。けれど、声が少しだけ優しかった。
ワトソンがポットをテーブルに置くと、香ばしい紅茶の香りが部屋いっぱいに広がった。
薄曇りの窓の向こうでは、光がゆっくりと霧に滲んでいる。
「やっぱりロンドンの午後って、絵みたいですね。」
「ん?」
ホームズが顔を上げた。
「はい。どこを切り取っても、少し寂しくて、でも綺麗で……」
そう言うと、彼はわずかに目を細めた。
「詩的な表現だな。ワトソン、記録しておけ。」
「君はすぐに人を観察対象にするな。」
二人の軽いやり取りに、私は思わず笑ってしまう。
紅茶を一口飲む。
優しい香りが口に広がる。
ホームズの部屋で過ごす午後――それだけで、少し特別な気分だった。



