十九世紀の街、ロンドンにも少しずつ慣れてきた。
初めて見る風景、初めて聞く言葉、初めて嗅ぐ紅茶の香り。
最初はすべてが不安だったのに、今ではそれが当たり前になりつつある。
ホームズの家――ベイカー街221B。
朝はハドスン夫人の紅茶の香りで始まり、夜はホームズがヴァイオリンを弾く音、「G線上のアリア」で終わる。
そんな日々が、少しずつ私の日常になっていった。
ホームズは相変わらず冷静で、必要最低限のことしか話さない。
でも、たまに見せる小さな仕草に、私はなぜか目を奪われる。
ページをめくる指先。
煙草をくゆらせる横顔。
論理と静寂の間にある彼の“無意識の優しさ”を、私は少しずつ見つけていた。



