あの日。
空は、夕焼けと夜の境目を彷徨っていた。
街灯がぽつり、ぽつりと灯り始めた駅前。
行き交う人々の足音と、電車のアナウンス。
その喧騒の中で――私はページをめくる手を止められなかった。
『シャーロック・ホームズの新訳版』。
表紙を撫でるだけで、胸の奥がざわめく。
ワトソンが語る、ホームズの推理の呼吸。
その一つひとつを、私は小説の行間のように愛していた。
「……“すべての推理は観察から始まる”、か。」
口の中で呟いたその瞬間。
世界が、まるでスローモーションのように動いた。
赤信号。
光るヘッドライト。
クラクション。
人々のざわめき。
――あ、と思う間もなく。
視界が、白く弾けた。



