ロンドンの霧は、まるで眠れない夢みたいだった。




 街灯の明かりがぼんやりと滲み、馬車の音が石畳を震わせている。




 その中を、私は一歩ずつ、ホームズの背中を追っていた。

 彼は無言で歩く。長いコートの裾が風に揺れるたび、霧の中に消えていく。





 私は何度も声をかけようとして、やめた。

 この人はきっと、言葉よりも沈黙を好む人なんだろう。

 ……そんなこと、彼の小説を読んで知っているのに。






「……寒くないのか?」




 唐突に彼が言った。


「え? あ、う、うん。大丈夫です!」


 驚いて答えると、ホームズはほんの少しだけ眉を上げた。





「制服……というのか?それでは寒いだろう。」




「……え?」




「観察だ。」




「ですよね……」




 短い会話。けれど、その一言に妙な安心感があった。