スカートを握りしめ、美月は歩き出した。

 霧の街を、あのベイカー街へと向かって。



 小走りになる足音。
 通りの角を曲がるたびに、胸が高鳴る。


 懐かしい街の景色。

 汽笛の音、新聞のざわめき、パン屋の香ばしい匂い。

 どれもが、あの時と同じなのに――

 世界は、少しだけ温かく感じられた。

 そして、美月は見つけた。




――"221B"。



 あの黒い扉が、目の前にある。

 手が震える。

 深呼吸をして、ノッカーを握りしめる。



 カシャン、カシャン――
 金属の音が響いた。



 扉の向こうで、誰かの足音が近づいてくる。


美月は微笑んで、涙をこぼしながらつぶやいた。









 「――ただいま、ホームズさん!」










 その声は、霧のロンドンの空へ溶けていった。














Fin.