……鳥の声が聞こえた。
頬に触れるのは、柔らかな風。
美月は、ゆっくりと目を開けた。
そこは、霧に包まれたロンドンの街角だった。
見覚えのある、石畳の通り。
最初にこの世界に来た、あの場所。
心臓が高鳴る。
信じられない――。
美月は震える指で、自分の服を見下ろした。
白いワンピース。少し丈が長く、彼女の体にぴったり合っている。
落ちているガラスをのぞくと、そこに映る顔は、少しだけ大人びていた。
“あれから……どれくらい経ったんだろう。”
新聞を配っている少年を見つけ、美月は駆け寄った。
「ねえ! 今日って……何年、何月何日?」
少年は不思議そうに彼女を見上げて言った。
「1893年の、10月ですよ。お嬢さん。」
――二年。
滝に落ちたあの日から、もう二年が経っていた。
胸の奥が熱くなる。
光は、美月を“生きる”ためにこの場所へ戻したのだ。
美月は空を見上げた。
雲の合間から、薄い陽光が差し込んでいる。
――ホームズさん。
――あなたのそばに、もう一度行かせてください。



