冷たい風が頬を切り裂く。

 耳をつんざくような水音が響いた。

 目の前に広がるのは、怒涛のように渦巻くライヘンバッハの滝。

 モリアーティ教授の腕が離れ、身体が空中に投げ出される。




 ――ホームズさん。





その名を思いながら、美月は落ちていった。

 滝壺へと引きずり込まれる瞬間、
 まぶしいほどの光が、彼女の全身を包み込んだ。

 それは、恐怖ではなく、どこか懐かしい温もりを持つ光だった。


 涙のようなきらめきの中で、美月は静かに目を閉じる。



 ――私はこの世界に来て、何を望んでいたのだろう。



彼の推理を見たいと思った。

 彼と一緒に笑いたいと思った。

 そして、いつの間にか――

 彼を、愛していた。




 ホームズを守るためなら、命だって惜しくない。

 そう思えた自分が、不思議と誇らしかった。


 けれど、美月の心の奥で、たった一つだけ、消えない願いがあった。



 ――もう一度、彼に会いたい。

 ――もう一度、あの人の隣で生きたい。



その瞬間、光がさらに強く輝いた。


 風も水音も消え、全てが静寂に包まれる。

 身体がふわりと浮かぶ感覚。

 まるで誰かに抱きしめられているような、温かい光の腕に包まれて――




 美月は、そっと意識を手放した。