霧の都ロンドン。
 その朝は、いつもより静かだった。




 ベイカー街221Bの窓から、淡い陽光が差し込んでいる。


 机の上には古い新聞が積み重なり、灰皿の中ではパイプの煙がうっすらと漂っていた。



 ホームズは、窓辺の椅子に腰掛け、無言のままパイプをくゆらせていた。


 目は遠くを見つめているが、焦点はどこにも合っていない。





二年前――あのライヘンバッハの滝の日から、彼の時間は止まったままだった。



 事件はいつも通りにこなしている。

 冷静に、論理的に、誰もが賞賛するほどの鮮やかさで。

 だが、どれほど難解な謎を解いても、彼の胸の奥には“解けない謎”が残っていた。










 ――美月。