ワトソンが安堵の息を漏らす。
 ホームズはすぐさま、前方を見据えた。


 遠くの駅のホームには、避難誘導の人影が見えた。
 それは――ワトソンがあらかじめ手を回していたおかげだった。



「……さすがだな、ワトソン。」


「当たり前だ。
 お前が感情に飲まれてるときくらい、
 この俺が冷静でいないとな。」



 二人は苦笑した。
 その笑いの中には、悲しみと希望が入り混じっていた。


 汽車がようやく停車する。
 ホームズは座席にもたれ、空を見上げた。
 白い霧が流れていく。



その中で、ふと風が吹き抜けた。



 どこか懐かしい香り――
 花のような、柔らかな匂いが、ほんの一瞬、ホームズの頬をなでた。



 彼はその方向を見つめ、微笑んだ。



「……美月。
 君はきっと、生きているんだな。」


ワトソンが、静かにうなずく。


「そうさ。あの娘は強い。
 もしかしたら――君のいた“未来”に帰ってるかもしれない。」




 ホームズは目を閉じた。
 風の音の中で、確かに美月の声が聞こえた気がした。