言の葉の泡

2025-12-15
『マフラー』

会わなくても幸せだけれども
会えばより幸せになれる相手。

通話をしているだけでも楽しいけど
会えばより楽しくなれるような相手。

そんな人との散歩。

楽しくないわけがなく
ずっと笑って腹が痛い。

夜、青信号がチカチカとしていて
私は君が止まると思ったのだけど
君は止まることなく、走り出した。

近くに座っていた男の子らが
私たちを冷ややかな目で見る。

けれど君は気にしていない素振りで
わはは、と笑ってこちらを見てくる。

「怖い、急に走り出すなんて」と
私は思ったことを言ったのだけど。

「楽しいでしょ?」と訊かれてしまい
「うん、楽しい」と素直に思いを言う。

私のことを好きだったら嬉しいけど
好きじゃないとしても悲しくはない。

車道側を歩こうとはしてくれないし
水溜りに落とそうともしてくるから
好きじゃない可能性が高いのだけど。

イヤホンを片方渡してくれたり
手袋を貸してくれたりとたまに
優しさを見せてくれるずるさが
その人の魅力として映えていた。

考えが読めない人なのだけれど
読もうと思えば読めそうな気も
しなくはないんだろうなと思う。

風が強くなってきた頃の話
私の着けていたマフラーが
その人目掛けて攻撃をした。

意図せず攻撃されたその人は
「痛っ」と言っていたけれど
わはは、と笑って微笑むだけ。

その光景がなんだか可笑しくって
その人と同じように私も微笑んだ。

「攻撃をしてくるなら手袋返してくれる?」
その人は冗談めかしくそう言ってくるけど。

「いやいや、意図してないですから」
私もそれなりに抵抗してみたりした。

同じ場所で同じ時間に同じ空気を吸い
同じ感情を抱けるこの瞬間を私たちは
「何より幸せだ」と思ったに違いない。

その証明みたく、君も私も笑っている。
まるで恋人かのように寄り添っている。

けれど、付き合っているわけではない。

曖昧な関係はあまり好きではないけれども
夜、散歩をしている2人の影を見ていると
どちらも上を向いているように見えたから
きっと、これはこれで正解なんだと思った。

--