言の葉の泡

2025-12-21
『揺蕩う傘の逃避行』

雨が降り注ぐ夕方、電車に揺られ
僕は行き先の決めぬ旅に出ていた。

昨夜、2年半付き合っていた彼女に
「別れよう」と言われたのが原因で
現実逃避をしようと有り金を持って
何処へでも行ってしまおうかと思い。

各駅で停まるたび、プシューと音を鳴らし
自動ドアが待ちゆく人を乗せるために開く。

ぞろぞろと乗ってきてはぞろぞろと降りていき
それを繰り返して電車は何処までも進んでいく。

昨夜の悲しみから一歩も進めていない
自分にとっては皮肉みたいなものだが。

電車に雨がザーザーと降り注ぎ
窓には透明のそれが飛んでくる。

濡れることなく、ただ外を眺めている。
トンネルに入ると自分の顔が反射して
ふと見たくもないものが見えてしまい
悲しさはより深みを増すばかりだった。

いつのことだっただろうか。

僕が外を眺めている間に
幾つもの駅を通り過ぎて
幾人の人生が交差した頃。

僕は車内に目を戻した。

外を眺めようかとしていたとき
まだ人が混雑していたのだけど
今は僕を含んで5人しかいない。

それくらい、外を眺めていた。
雨に似た涙を流しながら僕は。

ふと、ドア付近で何かが揺蕩っていて
何だろう、と焦点をそれに合わせると
そこらのコンビニで売られている傘で
持ち主に捨てられた子犬みたいだった。

可哀そうと思ったのだけど
電車の揺れで揺蕩うそれは
今の僕と同じ状況みたいで
同情するしか選択肢はなく。

「お前も捨てられたのか」と心の中で呟く。
「そうさ、捨てられた」と傘の台詞を描く。

ふふ、と笑った僕に冷ややかな目を
前に座っていた人が向けてきたから
僕は少し傘に近い席へと移動をした。

停まる、乗ってくる人はいなく
ただただ降りていく人だけの駅。

傘は上手い具合に佇んでいた。
電車には僕含む2人となった。

外を見ると未だ雨がザーザーと降っている。
天気予報見てくればよかった、と少し後悔。

傘も持たず、行先をも決めず
揺蕩う僕と傘の逃避行みたく
なんだが映画みたいで嬉しい。

また停まった、乗ってくる人はいない。
ただ、これまで佇んでいた傘が倒れた。

僕はそれを起こしてあげるために
重い腰を上げてドア付近へと進む。

傘を手すりにかけてもう
倒れることがないように
「大丈夫だよ」と言った。

せっかく立ち上がったのだから
この駅で降りてしまおうか、と
僕は勢い任せに電車から降りた。

プシューと音が鳴って
電車のドアが閉まった。

もう会えぬ人との電車での別れみたく
僕は傘に手を振って「頑張れ」とだけ
言葉には出さないで口元で表現をした。

降りた駅は半年前、彼女と共に来た場所だった。
彼女の実家があって、温かな家族に迎えられて
このまま結婚をするのでは、と淡く期待した秋。

傘なんてなく、雨の中を僕は歩いた。

僕の涙と混じるように雨が頬を伝う。
泣いていないみたいに僕はただ歩く。

--