2025-11-13
『貰った花のこと』

或るイベントで
白い花を貰った。

最初は造花だと思っていたのだけど
匂いを嗅ぐと本当に花の匂いがして。

嬉しくなる、少しだけ。

そのイベントは最後の演目として
レ・ミゼラブルの「民衆の歌」を
その企業の社員が合唱をしていた。

数十名による合唱はやはり圧巻で
花を持っている手に力が少し入り
花を潰してしまわないかと不安で
傍にあった棚に花をそっと置いた。

合唱は進むにつれて力を増していき
イベントに来ていた人らの心を全て
奪い去ってしまうほどの迫力だった。

合唱団が最後の歌詞を歌い上げたところで
会場中から鳴りやまぬ拍手が送られている。

僕は棚に置いた花を取って
会場を後にすることにした。

エレベーターで上がっていく最中も
さっきの合唱が胸の中で鳴っている。

久しぶりに心動かされるような
場面に出くわしてしまうと僕は。

苦しくて、苦しくて、でもそれらは
悪い意味ではなく、良い意味として
僕の胸に隙間が無くなるほど溜まる。

ふと手に持っていた花を見ると
相も変わらず可愛らしいままで
僕のことを見つめているかの様。

そのまま、東京駅の周りを散歩した。

きっと花を持って歩いている男性を
客観的に見れば何かあると思うけど
僕は何かがあるというわけでもなく
ただただ花に東京の街を見せていた。

花を持って散歩をすると
どの場面を切り取っても
素敵に見えてしまうから。

花を渡された身としては
忘れられない記憶となり。

花を渡す側の思いが
分かった、少しだけ。

レ・ミゼラブルの「民衆の歌」を
鼻歌で歌いながら散歩をしている。

花は昼夜関係なく可愛らしい。

僕の鼻歌をこの花は聴いていたのだろうか。
ずっと左右に揺れているからそれがまるで
さっき合唱を聴いていた僕のまんまだった。



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