2025-11-19
『死んだ街』

僕は死んだ。10年前。

不慮の事故によるものだった。
あまりにも突拍子もなくって
気付いたときには幽霊として
この世を彷徨っているのだが。

未だに僕のことを轢いた
運転手の家へとお邪魔し
「呪う呪う」と言うほど
恨んでいるのだけれども。

或る日、彼女が部屋を掃除しだした。
誰かが来るのだろうとは想像がつく。

一通り掃除を終えた彼女は
とびっきりにおめかしをし
ルンルンで部屋を飛び出た。

「行ってらっしゃい」と言い
僕はテレビを見ようかと思い
リモコンに手を伸ばすけれど。

そういえば幽霊だったのだと
物体に触れられなくて気付く。

あまりにも退屈でまた運転手のもとへ
お邪魔をしては「呪う」と言い続けた。

そろそろ彼女も帰ってくるだろうと思い
僕は彼女の待つ部屋へとてくてくと帰る。

幽霊なんだから飛べよ、と思うけど
意外にも飛ぶことは許されていない。

けれど疲れることはなかったから
幽霊も悪いことばかりではないと
なんだか1人で嬉しくなっていた。

部屋に着く。

目の前には1枚のドアがあって
すり抜けて入ることができるが。

部屋から彼女と知らぬ男性の
楽しそうな声が聞こえてきた。

どういう状況なのか気になるけれど
知ったところでどうにもできないし。

ドアをすり抜けることはせず
僕を轢いた運転手のもとへと
出ない涙を拭いながら走った。

運転手は奥さんと子供に囲まれ
美味しそうにご飯を食べていた。

僕がこの世を去ってからはや10年。
運転手も彼女も街も、全て変わった。

僕だけが取り残されているみたい。
あまりにも無念、どうにもできぬ。

彼女が他の男性と付き合っていることも
本当のところは分かっていたのだけれど。

僕が死んだときに泣いていた彼女の
涙は本当に僕を愛していた人が流す
輝きに満ちていたから信じていたが。

会えない人をいつまでも思って
誰にも恋をしないというお話は
この世に存在しないのだと思う。

彼女はその(れい)となった。

僕は毎日のように会いに行っているから
彼女に対しての愛が深まるばかりだけど
彼女から僕のことは見えていないわけで
僕に対しての愛なんてもう存在してなく。

あまりにも哀れ。

嗚呼、とため息が漏れる。
それと同時に僕の身体は
透き通るように淡くなり
この世からいなくなった。

僕が残した風は彼女の髪を靡かせ
僕を轢いた運転手を涼しくさせた。

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