言の葉の泡

2025-12-07
『看板犬』

私が幼い頃から通り過ぎていた
お花屋さんには可愛い犬がいた。

それはそれはもう
愛でたくなるほど。

毎年、母の誕生日に渡すお花として
そこのお花屋さんで買っていたから
店主さんとも仲が良くなっていった。

幼い頃は父が母に渡すお花として
一緒に買いに来たこともあったが
父が亡くなってからは私ひとりで
お花屋さんに買いに来ていたから。

「今年もプレゼントだね」と訊かれ
「そうです」と店主さんに答えると。

横から、犬が「クーン」と鳴いた。

店主さんがお花の用意をする間は
いつも犬を愛でている時間だった。

以前よりも少しばかり
元気がなく感じるけど。

きっと犬も疲れているのだろうと思い
私は足元で眠そうにしている犬を撫で
じっと見つめることしかできなかった。

数分後、レジのほうから
「用意できた」と聞こえ
「行くね」と犬に伝えた。

お金を払ってプレゼントのお花を受け取り
店主さんと犬に向かって手を振って別れた。

それから1年間はお花屋さんに
行く機会もないわけだけれども
前を通ることは頻繁にあるから。

犬と目が合うたびに手を振って
その日の活力にしていたのだが。

或る日を境にお花屋さんから
可愛らしい犬はいなくなった。

毎週のように、手を振っていた存在が
或る日を境に消えてしまうというのは
連絡をしていた人が突然、未読無視を
数日間もしてくるような寂しさみたく。

心にぽっかりと穴が開いた気分だった。

それからつい先日のこと
お花屋さんの前を通ると。

それはまた、可愛らしい子犬がいた。
前にいた犬とは違う犬種の子だった。

嗚呼、店主さんは人柄が良かったけれど
結構切り替えの早いタイプなんだと知る。

子犬と戯れている女子高生が目に映る。
「可愛い」と犬に言っているのだけど。

「えへへ」と店主さんは笑っている。
好きだったはずの店を嫌いになった。

店主さんが女子高生を見ながら
笑っている表情が気持ち悪くて。

犬は可愛らしくて愛でたいけれど
どうにも人として店主さんのこと
好きになれそうになくなっていた。

今でもそのお花屋さんを通るたびに
子犬に群れる女子高生がいるけれど。

私はきっとこのお花屋さんで
もう、お花を買うことはない。

父との思い出の場所だったけれど
空にいる父もきっと許してくれる。

来年、どこでお花を買おうかな。
母に「今帰る」と連絡を入れた。

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