2025-11-22
『線香の香り』

僕が小学6年生だった頃に
お父さんがこの世を去った。

当時は親の年齢なんて気にしてなく
ただ遊び惚けていたガキだったけど。

つい先日、お母さんにお父さんが
幾つで亡くなったのかを聞かされ
あまりにも早かったのだと知った。

42歳。

僕の友達らはまだ、父と母が存命で
親の有難みを理解していなかろうに。

2つの愛を頂きながらすくすくと育ち
色々なことにも挑戦させてくれた父は
もう数十年前にこの世を去ってしまい。

ふと、思い返してみると
怒られた記憶なんかより
ドライブに行ったことや
サッカーをしてたこと等。

笑顔だった思い出ばかりが浮かぶ。
時間が経てば美化されるだろうか。

自分もあと数十年後にはお父さんが
この世を去った年齢と重なるけれど
そのとき何を思っているか気になる。

あまりにも早かった死のせいで
僕も早くに父の死と重なるとは。

考えさせられるものがある。

お父さんがこの世を去ったのは病院だった。
自宅から救急搬送されたが助かることなく。

病名はもう、覚えていない。

僕、姉、母の3人がリビングでテレビを見ている中
お父さんはお風呂に入っていたから何も気にせずに。

ただただ、平凡な時間が過ぎる中。
お母さんがお風呂を覗いて叫んだ。

すぐに姉は救急車を呼ぶために電話。
お母さんは緊急措置をしていたけど。

僕は友達の家へと走っていた。
現実逃避をしたかったのかも。

走れば1分もかからずに着く友達の家が
このときばかりは数十分のように感じた。

ピンポンを押しても出てこず。
僕はちょっと歩いて、泣いた。

いつも学校帰りに歩いていた道が
どうにも非現実的なものに見えて。

でも家の扉はいつも通りのもので
玄関に入ればいつも通りの日常が
待ってくれていると幻想が浮かぶ。

扉を開けたが、姉は泣きながら
お父さんに寄り添っているだけ。

お母さんは緊急措置をしつつ
涙を我慢した表情をしていた。

その表情から「まだ助かる」や
「逝かないで」という感情らが
まだガキだった僕にも分かった。

救急車、着く。

これだから、住宅街は嫌になる。
住民らが玄関からこちらを見る。

救急車に乗せられていくお父さんに
僕はヒョウ柄の毛布を被せたけれど。

今もその毛布は実家にあると思う。
唯一、過去と現在を繋ぐ物だから。

死をもってお父さんは教えてくれた。
人間はあまりにも脆く儚いものだと。

お母さんからお父さんが
幾つで亡くなったのかを
聞かされた次の日のこと。

目が覚めたときに
線香の香りがした。

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