──昼休みの食堂。


ざわめく声と食器がぶつかる音が四方から押し寄せる。

揚げ物の匂いが空気に混じり、熱気でむっとした空間に人の波が絶え間なく流れていた。

トレーを抱えたまま、私は立ち尽くす。


(……どこに座ろう)


空席を見つけたいのに、知らない人の群れに飛び込む勇気が出ない。

周りの視線が全部自分に向いている気がして、足が動かなくなってしまう。


「おーい、翠ちゃん!」


元気いっぱいの声が、ざわめきの中から浮かび上がった。

声の方に振り返ると、大和くんが大きく手を振っている。

彼の隣の席だけぽっかり空いていて、まるで最初から私のために残しておいたみたいに見えた。


「え、ありがとう……」

「翠ちゃん、すぐ困った顔すんじゃん? 俺が確保しといてやったんだぞ~」


にかっと笑う大和くんの顔は、体育館でボールを追っているときと同じくらいまぶしい。

その明るさに救われるようで、胸の奥がじんわりと温かくなる。





座るとすぐに、大和くんはいつもの調子で世話を焼いてきた。


「それ、取ってあげよっか?」

「え、いいよ。自分でできるから」

「遠慮すんなって。俺の方が手ぇ長いんだから」


あっけらかんと皿を取ってくれる。

その自然さが羨ましかった。私には真似できない気安さ。


「なあ、一口ちょうだい……って冗談冗談!」

「もう、大和くん!」


思わず笑ってしまう。

くだらないことを言って場を明るくするのは得意で、にぎやかすぎるところもあるけれど――困っているときには必ず気づいて助けてくれる。


(ほんと、いい人だな……)


そう思うと、不思議と肩の力が抜けた。

安心感に包まれて、ほんの少しだけ食堂の喧騒がやわらいで聞こえる。


「大和くん、ほんとお世話焼きだね」

「そりゃそうだろ。翠ちゃんだからな」

「……え?」


一瞬意味がわからず首をかしげる。

けれど大和くんは「なーんでもない」と笑ってご飯をかきこんでしまった。

その自然さに、なんとなくそれ以上は聞けなかった。





「へぇ、仲いいんだね」


明るい声がして顔を上げると、美月先輩が立っていた。

隣には、トレーを持った結城先輩の姿。


「えっ!? ち、違います! そんなことなくて!」


慌てて否定する私の横で、大和くんは悪びれもせずニヤリと笑った。


「まあ、仲いいのは事実だけどな」

「……元気だなお前ら」


結城先輩は短くそう言って、美月先輩と並んで席についた。


「あざっす! 結城さん!」


どこか誇らしげな声で返す大和くん。


「褒めてねーわ。……うるさい」


声は軽くても、どこか低い。

その一言でテーブルの空気が一瞬にして引き締まる。

結城先輩の横顔は、笑っているようで笑っていない。

いつもの余裕に満ちた雰囲気と少し違って見えて、胸がざわついた。

理由なんてわからない。

ただ――息が詰まる。

私は慌てて視線を落とし、スプーンを握る手に力を込めた。

かちゃり、と小さな音。

鼓動がさらに早くなる。





「翠、ここいい? ……先輩方も、ご一緒していいですか?」


声の方を向くと、莉子がトレーを持って立っていた。

きちんと先輩に断りを入れるところが、いかにも彼女らしい。


「もちろん、いいよ~。一緒に食べよー」


美月先輩が笑顔で答え、結城先輩も無言で軽くうなずく。


「ありがとう」


莉子はそう言って私の隣に腰を下ろした。

仕草が自然で、少しほっとする。

ふと視線を動かすと、少し離れたテーブルで萌が別の友達と笑い合っているのが目に入った。

最近まで一緒にお弁当を食べていたはずなのに。

胸の奥にぽっかりと小さな空白が広がった。


(……いつの間に、こんなふうになったんだろう)





「結城さんってさ、俺らが必死にやってても、なんか涼しい顔してんだよな。反則っすよ」


大和くんが軽口を叩くと、美月先輩が笑って頷いた。


「ふふっ、わかる。昔からそうなの。余裕あるように見えるけど、実はちゃんと考えてるんだよ」

「やめろ、美月」


結城先輩は小さく返した。

声は低いけれど、どこか照れ隠しのようでもあった。

幼なじみ同士だからこその自然な空気。

そのやりとりを見ているだけで、胸の奥がまたざわめいた。

大和くんの明るさも、莉子の落ち着きも、確かに私を和ませてくれる。

けれど結城先輩の存在だけは――どうしても息を詰まらせてしまう。


(……なんで、こんなに気になるんだろう)


昼休みのざわめきの中、交差する視線や言葉。

ほんの短い時間なのに、心は落ち着く場所を見つけられず、揺れ続けていた。

──胸のざわめきは、午後になってもずっと消えなかった。





──