──体育館の一角。


タオルを畳みながら、視線は自然と先輩マネージャーへ向かう。

高瀬美月(たかせみづき)先輩。

整った顔立ちに、柔らかく華やかな雰囲気。

スコアをつけ、ボトルを確認し、怪我をした部員にはすぐ駆け寄る。


「大丈夫? 無理しないで」


その一言で、相手の表情がふっと和らぐ。

タイムアウトではタオルを渡しながら「ナイスファイト」と笑う。

短い言葉なのに、選手の肩の力が抜けていくのが分かる。


(……すごいな)


動きは無駄がなく、必要なことを先回りしていて、周りを安心させる。

勉強もできて、気さくで、誰からも信頼されている「完璧」な人。


「美月先輩ってすごいよね。あんなふうになりたいな」


隣で萌が言う。

私はうなずきながら、横に立つ自分を想像して、胸がきゅっとなった。


(私には、きっと真似できない)





「お、陰キャマネージャーも頑張ってるな」


同級生の部員の軽口に、手が止まる。

もう一人が笑いながら続ける。


「めっちゃ真面目。陰キャ感あるよな」


数人の笑い声。

耳の奥がじんと熱くなる。


(からかわれてるだけ、なのに)


笑って返せばいいのに、喉が固まる。

布の端をつまむ指に力が入る。


「気にしなくていいよ、ああいうの」


横からさらっと声。

同じ一年マネージャーの平野莉子(ひらのりこ)

タオルを抱えたまま、にっと笑う。


「真面目な方が助かるし。雑なのより全然いいでしょ」


それだけなのに、胸の奥にぽっと火がともる。


(……ありがとう)


声には出せないまま、指先のこわばりが少しほどけた。





──練習後。


むせるような熱気の中、私は重いボールかごを押していた。

腕が震えて、今にも落としそうで。


「偉いね。ほんと助かってるよ」


振り向くと、美月先輩が笑っていた。


「私も最初全然できなかったよ。ボールかご重いし、流れも分かんなくてさ」

「……え?」

「だから、少しずつ覚えれば大丈夫。ちゃんと頑張ってるの見てるから」


その言葉がまっすぐ届いて、不安がふっと軽くなる。

見上げた先輩の笑顔は明るいのに、ちゃんと一人の後輩として私を見てくれていた。


「……はい」


小さな声しか出なかったけれど、胸の内側に温度が広がった。


(この人みたいになりたい)


ボールかごの重さが、さっきより少しだけ軽い。





そのすぐあと。

美月先輩は自然に、結城先輩の隣に並んでいた。

練習後とは思えない落ち着いた笑顔の結城先輩と、楽しそうに話す美月先輩。

息が合っていて、周りの空気まで柔らかくなる。


「美月先輩と結城先輩って幼なじみなんだって。お似合いだよね」


萌の何気ない言葉が、胸の中で反響する。

尊敬する先輩。

頼もしいエース。

二人が並ぶ姿に「素敵だ」と思う気持ちと、胸の奥がざわつく感覚が、一緒になって押し寄せる。


(……どうして、こんなに気になるんだろう)


答えの出ないざわめきを抱えたまま、私はタオルを抱えて視線を落とした。