──昼休み。


初夏の陽射しが強くなり始めた頃。

窓際の席から見下ろすグラウンドには、
男子たちがボールを蹴ったり、
ふざけあったりする姿が見える。

その輪の中に、結城先輩の姿があった。

眩しい陽射しを受けて、汗に濡れた髪がきらめく。

ボールを追うたびに、笑い声が風に乗って届く。

その一つひとつが、胸の奥の柔らかい場所を揺らしていった。


(こんなふうに笑う人なんだ……)


入学してからまだ数か月しか経っていないのに、彼の存在は、もう私の中で特別な輪郭を持ちはじめていた。

笑いながら友達と軽くボールを蹴り返す。

何気ない仕草なのに、どうしてこんなに目を奪われるんだろう。


(……見てるだけで、苦しい)


「翠?」


声にハッとして振り返ると、隣には莉子が弁当を広げていた。


「なにボーッとしてんの。顔、真っ赤だよ?」

「えっ!? ち、ちが……!」


慌てて否定するけど、胸の鼓動は誤魔化せない。

莉子はにやっと笑いながら、箸を口に運んだ。


「最近ずっとだよね。……やっぱり結城先輩のこと、気になってんじゃん」

「……わかんない。
でも、めちゃくちゃ気になって……。
どうしていいか、わかんないの」


口からこぼれたのは、本音だった。

莉子は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑った。


「ふふ、ついに自覚してきたかって感じだね」


莉子は軽い口調で言ったけれど、その言葉の奥にはどこか優しさが滲んでいた。


「恋をしてる翠、なんかちょっと雰囲気変わったよ。顔が柔らかくなった」

「え……そうかな」


自分でも気づかないうちに、
彼の名前を考えるだけで胸が温かくなる。


「恋ってさ、相手のこと思うだけで一日中浮かれるし、落ち込むし。
でも、そういうのが楽しいんだよ」


莉子の何気ない言葉が、少し羨ましかった。

彼女はもう“恋を知っている人”で、私はまだその入り口に立ったばかり。


(私も、こんなふうに誰かを想えるのかな)


「莉子は……どうなの? 恋愛とか」


恐る恐る尋ねると、彼女はあっさり言った。


「あ、私、彼氏いるよ。塾一緒の他校の人。今度ちゃんと話すわ」

「えっ!? そうなの!?」


あまりに自然に告げられて、思わず声が裏返る。

莉子は肩をすくめて「だから言ったじゃん。翠には隠し事しないって」と笑った。



──ふと、また窓の外を見る。


グラウンドで笑う結城先輩の横顔が、まぶしくて。

光の粒が頬に反射して、まるで世界が彼を中心に回っているみたいだった。

教室のざわめきも、時計の針の音も、すべてが遠のく。

ほんの数秒なのに、心臓が痛いくらいに跳ねた。


(この気持ち、怖いけど――あったかい)


胸の奥から、どうしようもなく熱が広がった。


(……やっぱり、好きなんだ)


その瞬間、心に浮かんでいた曖昧な気持ちに輪郭が与えられる。

憧れじゃない。

尊敬だけでもない。

きっとこれは――恋。

私は箸を置き、机の下でぎゅっと手を握った。


(……私、結城先輩が好き)


莉子の隣で、胸の奥の決意がひそやかに芽生えていた。


──