──朝。



昇降口で靴を履き替えていると、大和くんが駆け寄ってきた。


「翠ちゃん! 今日の放課後、一緒に図書室で勉強しよ」


まっすぐな瞳。

いつも通りの元気さなのに、その熱が少しだけ強い気がして、思わず戸惑う。


「え……うん」


小さく頷いた私に、大和くんは満足そうに笑った。







──昼休み、教室。


ざわめきの中、ふいにドアが開く。


「結城先輩……!」

誰かの小さな声。


「長谷川いる?」


自然な調子なのに、教室の空気が一気に張りつめる。

心臓が跳ねるのを抑えながら、私は立ち上がった。


「今日、一緒に帰れる?」


まるで当たり前のように言うその声。

ざわつきはさらに大きくなる。


「翠ちゃんは、今日の放課後、俺と図書室で勉強するんで」


大和くんがすぐに割って入る。

教室の空気は揺れ、視線が突き刺さる。

けれど、結城先輩は涼しい顔のまま。


「そうか。……俺は今日、生徒会あるから。その後、校門で待ってる」


軽く笑いながら言い放つ。


「下校時間は、俺がもらうから」


視線が交差する。

胸が苦しくて、声が出なかった。







──放課後、図書室。


ノートを開く大和くんの横顔。


「ここの公式、こうやって使うんだよ」


丁寧に教えてくれる声は温かい。

でも、心臓は落ち着かなかった。

頭の隅にはずっと、校門で待つ結城先輩の姿が浮かんでいた。







──夕暮れ。校門。


勉強を終えて外に出ると、結城先輩がそこにいた。

待つのが当然のように、軽く手を上げて。


「行くぞ」

「え……どこにですか?」

「決まってんだろ。勉強。テスト前だしな」



向かったのは近くのファミレスだった。

ドリンクバーのグラスを前に、並んでノートを開く。


「ここ、解き方違ってる」

「えっ……あ、ほんとだ」



自然に肩が近づいて、胸のざわめきが止まらなかった。







──夜の駅ホーム。


電車を待つ時間。

結城先輩と並んで立っているだけで、心臓が騒ぐ。


「めっちゃ集中して勉強してたな」

ふいに低い声。

「えっ……?」

思わず顔を上げる。


「ノート。めちゃ真剣に書いてただろ。
……ちょっとはこっちも見ろよなって思ってた」



さらっと言うその声音に、胸がきゅっとなる。


「み、見てたんですか!? そ、そんな……!」


赤面して慌てる私を見て、口元だけで笑う。



「当たり前だろ。……俺、お前しか見てねぇし」



── 一瞬、空気が止まった。



ホームにいた生徒たちが思わず振り返るほどの爆弾。

私は言葉を失い、ただ顔を覆うようにうつむく。


「……な、なに言って……!」

声が裏返った。

「事実言っただけ」


余裕の笑み。その視線は逸らさず、まっすぐに。

電車のライトが近づく音が響く中、
胸の鼓動はもう、どうにもならなかった。




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