──練習後の体育館。
汗の匂いと、
まだ床に残るボールの反響音。
窓の高い位置から差し込む夕方の光が、コートの端を細長く照らしていた。
片づけの気配が行き交うなか、私は使い終わった書類を一枚ずつ端を揃えてファイルに戻していた。
(きれいにまとめたいけど……時間かかっちゃうな)
小さくつぶやいたそのとき、手元からすっとファイルが抜き取られた。
「丁寧すぎ。……ほら、こうやれば一瞬だろ」
結城先輩が片手で器用に揃えて返してくる。
「えっ……す、すみません」
「謝んな。……まあ、そういう丁寧すぎるとこ、嫌いじゃねーけど」
その瞬間、ふっと口元がやわらぎ、目にかすかな優しさが宿った。
まるで大切なものを見つめるような表情に、息が詰まる。
胸の奥が、思わずぎゅっと締めつけられた。
──そのやり取りを、部員たちは見逃さなかった。
「また長谷川じゃん」
「最近、よく結城さんと絡んでない?」
「長谷川って、目立ってきてない?」
ざわつく声があちこちで漏れる。
視線が集まってくるのが分かって、思わず背筋がこわばる。
(み、みんな見てる……やばい……)
胸の奥に不安が広がる。けれど同時に、熱く波打つ鼓動は止まらなかった。
──その後も。
書類を落とせばすぐに拾ってくれて、
渡したメモには「字ちっちぇーな」と笑う。
気づけば何度も名前を呼ばれて、そのたびに返事が遅れる。
些細なことばかりなのに、全部が特別に聞こえる。
(恥ずかしい……でも、うれしい……)
視線と声が絡みついても、頭の中は「結城先輩」でいっぱいだった。
手のひらには、さっき触れたファイルの角の硬さと、彼の体温の残像だけが確かに残っている。
──体育館の端。
結城先輩は、キャプテンの横で後輩たちに指示を出していた。
タオルで汗を拭い、冷静な声でプレーを直し、位置を修正していく。
三年の視線を受けても、必要な一言だけを落ち着いて届けるその姿は、いつも通りで、だからこそ目が離せない。
周囲にとっては何気ない一場面。
けれど、私にとっては――。
(あんなふうに、自然に声をかけてくれる。
私なんかの小さな失敗も、
笑って受け止めてくれる。
だから……余計に、心臓が痛いくらい
騒ぐんだ)
視線を外そうとしても、気づけば追ってしまう。
名前を呼ばれるたびに、胸が跳ねる。
呼吸の仕方さえ忘れて、ペン先が紙の上で小さく震える。
噂が広がっても、誰に何を言われても。
体育館の出入り口で交差する足音やボールの転がる音に紛れて、みんなの声は遠くなっていく。
それでも、たった一人の声だけは鮮明に響いたまま――頭の中は、結城先輩でいっぱいだった。
____
汗の匂いと、
まだ床に残るボールの反響音。
窓の高い位置から差し込む夕方の光が、コートの端を細長く照らしていた。
片づけの気配が行き交うなか、私は使い終わった書類を一枚ずつ端を揃えてファイルに戻していた。
(きれいにまとめたいけど……時間かかっちゃうな)
小さくつぶやいたそのとき、手元からすっとファイルが抜き取られた。
「丁寧すぎ。……ほら、こうやれば一瞬だろ」
結城先輩が片手で器用に揃えて返してくる。
「えっ……す、すみません」
「謝んな。……まあ、そういう丁寧すぎるとこ、嫌いじゃねーけど」
その瞬間、ふっと口元がやわらぎ、目にかすかな優しさが宿った。
まるで大切なものを見つめるような表情に、息が詰まる。
胸の奥が、思わずぎゅっと締めつけられた。
──そのやり取りを、部員たちは見逃さなかった。
「また長谷川じゃん」
「最近、よく結城さんと絡んでない?」
「長谷川って、目立ってきてない?」
ざわつく声があちこちで漏れる。
視線が集まってくるのが分かって、思わず背筋がこわばる。
(み、みんな見てる……やばい……)
胸の奥に不安が広がる。けれど同時に、熱く波打つ鼓動は止まらなかった。
──その後も。
書類を落とせばすぐに拾ってくれて、
渡したメモには「字ちっちぇーな」と笑う。
気づけば何度も名前を呼ばれて、そのたびに返事が遅れる。
些細なことばかりなのに、全部が特別に聞こえる。
(恥ずかしい……でも、うれしい……)
視線と声が絡みついても、頭の中は「結城先輩」でいっぱいだった。
手のひらには、さっき触れたファイルの角の硬さと、彼の体温の残像だけが確かに残っている。
──体育館の端。
結城先輩は、キャプテンの横で後輩たちに指示を出していた。
タオルで汗を拭い、冷静な声でプレーを直し、位置を修正していく。
三年の視線を受けても、必要な一言だけを落ち着いて届けるその姿は、いつも通りで、だからこそ目が離せない。
周囲にとっては何気ない一場面。
けれど、私にとっては――。
(あんなふうに、自然に声をかけてくれる。
私なんかの小さな失敗も、
笑って受け止めてくれる。
だから……余計に、心臓が痛いくらい
騒ぐんだ)
視線を外そうとしても、気づけば追ってしまう。
名前を呼ばれるたびに、胸が跳ねる。
呼吸の仕方さえ忘れて、ペン先が紙の上で小さく震える。
噂が広がっても、誰に何を言われても。
体育館の出入り口で交差する足音やボールの転がる音に紛れて、みんなの声は遠くなっていく。
それでも、たった一人の声だけは鮮明に響いたまま――頭の中は、結城先輩でいっぱいだった。
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